269号表紙

No.269(平成7年9月)

特集:

災害とまちづくり

災害とまちづくり

(左)
自分たちのまちは、自分たちの手で―。阪神・淡路大震災の被災地では地域ごとに住民による復興委員会等を設け、まちの再建に向けて積極的に取り組んでいる。近隣がまず結束、が合い言葉だ。(灘南部自治会館で)

年表

昭和13 (1938)年
7.5 阪神大水害発生
昭和14 (1939)年
5.14 六甲山系水害復興工事起工式
昭和16 (1941)年
7.1 垂水町を合併
昭和17 (1942)年
4.18 神戸等本土初空襲
昭和20 (1945)年
3.17 神戸空襲一市内の西半分焼失
5.11 神戸空襲一工場地帯爆撃
6.5 神戸空襲一市内の東半分焼失
8.15 終戦
10.− ヤミ市出現(国鉄三ノ宮駅〜神戸駅ガード下)
11.1 神戸市復興本部発足
昭和21 (1946)年
3.14 神戸市復興基本計画要綱決まる
9.− そごう前広場にジャンジャン市場(飲食店街)はじまる
昭和22 (1947)年
3.1 西北神の10か町村を合併(有馬町、有野町、山田村、玉津村、伊川谷村、櫨谷村、押部谷村、平野村、神出村、岩岡村)
8.24 貿易復興祭開催(第1回ミス・コウベ選定)
昭和25 (1950)年
3.15 神戸博(日本貿易産業博覧会)開催(6.25まで)
4.1 御影町、住吉村、魚崎町合併
10.1 本庄村、本山村合併
10.21 神戸国際港都建設法制定
昭和26 (1951)年
7.1 道場村、八多村、大沢村合併
昭和28 (1953)年
9.25 台風13号被害
昭和29 (1954)年
3.6 東部海面埋立第1工区着工(42年度完成)
昭和30 (1955)年
10.15 長尾村合併
昭和32 (1957)年
4.1 西部海面埋立第1工区着工(42年度完成)
昭和33 (1958)年
2.1 淡河村合併
昭和36 (1961)年
6.28 25日の豪雨に続いて再び神戸・阪神に集中豪雨禍。死者26人
昭和40 (1965)年
9.10 台風23号、西神戸地方に高潮被害
10.1 神戸市臨時海岸防災本部設置
昭和41 (1966)年
4.1 ポートアイランド着工
8.− 遠矢浜防潮堤とテトラポッド消波装置完成
昭和42 (1967)年
7.9 集中豪雨、神戸中心に大被害
昭和45 (1970)年
7.10 ポートアイランド使用開始
12.− 神戸市開発指導要綱制定、市街化区域及び市街化調整区域設定
昭和47 (1972)年
11.2 西神ニュータウン起工
12.− 六甲アイランド着工
昭和52 (1977)年
3.13 市営地下鉄(名谷〜新長田間)開通
昭和55 (1980)年
2.26 北神3団地起工
昭和56 (1981)年
2.5 ポートライナー開業
3.20 ポートピア'81開幕(9.15まで)
11.10 「しあわせの村」着工
昭和58 (1983)年
3.− グリーンコウベ作戦植樹1,000万本達成
昭和60 (1985)年
8.24 ユニバーシアード神戸大会開催
10.3 神戸ハーバーランド起工
昭和62 (1987)年
3.18 市営地下鉄全線開通(学園都市〜西神中央)
4.29 メリケンパークオープン
昭和63 (1988)年
4.2 北神急行電鉄開業
平成4 (1992)年
9.1 神戸ハーバーランドオープン
平成5 (1993)年
4.1 「アーバンリゾートフェア神戸'93」開催(9.30まで)
平成7 (1995)年
1.17 阪神・淡路大震災発生
昭和42年7月水害
 台風くずれの低気圧が梅雨前線を刺激して集中豪雨となり、7月5日から9日までの総雨量379.4ミリ、最大時間雨量75.8ミリを記録。河川のはんらん、がけ崩れが発生し死者・行方不明92人、家屋全壊363戸、半壊361戸、浸水3万7,581戸の被害を出した。
 昭和13年の阪神大水害に比べると、総雨量はやや下回るが、最大時間雨量や日雨量は上回っているのに土砂の流出量は、13年の約500万立方メートルに対し42年は約230万立方メートルと半分以下であった。これは13年以後の治山・砂防工事の効果と関係者はみている。

砂防事業
 六甲山系の砂防ダム建設は、昭和13年の阪神大水害直後から国の直轄事業として進められ、平成6年度までに合計439基が完成している。この50数年の間には、戦争や好・不況などいろいろ時代の変遷があったが、ダム建設ゼロは終戦後の昭和22年度だけで、14年度の27基を筆頭に、毎年こつこつと山中の難工事を続けてきた。
 また、最近の砂防事業では、国立公園に指定されている六甲山の自然を壊さないようにするとともに、従来のような防災一辺倒でなく、より人々に親しんでもらえるように配慮した設計・建設が行われている。

  • 写真
  • 写真完成近い炭ケ谷えん堤(北区山田町上谷上)。従来のようなコンクリートの打ち放しでなく、周辺の環境に調和するよう中国産の花こう岩を輸入して使用。また、えん堤の下流はせせらぎの親水空間として整備されている。えん堤のすぐ横が摩耶山へのハイキングコースで、完成すれば地域住民やハイカーに親しまれることだろう
  • 写真昭和39年、40年の台風による高潮の被害を受けたため高潮対策事業が本格化し、41年に兵庫区遠矢浜防潮堤(南側)が完成、以後次々と
    建設が進められた(写真手前右側が遠矢浜、左側が長田区苅藻島。46年9月撮影)
  • 写真炭ヶ谷えん堤の親水空間整備工事

進むまちづくり計画

 昭和21年8月、約2,150haの戦災復興の区画整理事業に着手。30年までに約1万戸の建物移転が完了したのに続き、37年には全国に先駆けて市街地改造事業を実施。国際港都にふさわしいまちづくりを進めようと、都心・三宮と新長田・六甲道の副都心の整備が始まった。

  • 写真センタープラザに続きセンタープラザ西館もオープン(昭和53年)
  • 写真新聞会館上空から三宮地区を望む(昭和30年代はじめ)
  • 写真国鉄三ノ宮駅北側の区画整理前の街並み(昭和27年ごろ)
  • 写真市の新庁舎(写真中央やや左)が完成した昭和32年当時の国鉄三ノ宮駅南部の市街地。市庁舎の西側は、戦後早くからビジネスセンターが形成されていったが、東側のイーストキャンプ跡は整備が遅れていた
  • 写真市の新庁舎完成と同時に始動した花時計。都市美化運動の大きな刺激となった(昭和32年)
  • 写真区画整理後(昭和35年ごろ)
  • 写真住吉川の河中道路。周辺の環境を守り、車のスピード化を図るため建設されたもので、渦森山からの土砂の運搬に使用された。今はジョギングや散歩道として人々に親しまれている(昭和三十七年)
  • 写真埋め立て工事中の東部第4工区(昭和45年度完成)。神戸港の東部・西部を埋め立てて臨海工業地帯とし、新しく各種企業を誘致、市内の産業構造の多様化と高度化を図ろうという大事業。東部第1工区は42年度に完成している
  • 写真鉄筋住宅が建ちはじめた昭和42年ごろの鶴甲団地
  • 写真ポートアイランドと三宮を結ぶポートライナーは、昭和56年2月、わが国最初の新交通システムとして開業
  • 写真ポートアイランド西岸壁にコンテナ第1バースが完成。昭和45年7月、アメリカの第1船が着岸した(写真はその後まもなくのころ)。神戸大橋、ポートターミナルも同時完成
  • 写真造成初期の六甲アイランド。第2の海上文化都市として昭和47年12月着工。63年3月に第1期入居がスタートした。埋め立て面積は580ha、ポートアイランド(第1期)より約1.3倍広い
  • 写真ポートアイランドの完成を祝う「ポートピア'81」は、昭和五十六年三月二十日から九月十五日までポートアイランドで開かれた。メーンテーマは「新しい"海の文化都市"の創造」。総入場者数は千六百十万人にのぼった
  • 写真緑を守り育む「グリーンコウベ作戦」が昭和四十六年スタート。写真は、緑化がすすむ山手幹線のグリーンベルト(昭和四十七年、県庁付近)
  • 写真成長した街路樹(平成五年、県庁付近)。市民百人当たりの街路樹本数は昭和四十六年の一・二本から、平成六年には二十七・六本になった
  • 写真建設中の市営地下鉄西神中央駅付近(昭和61年10月)。西神ニュータウンはわが国最初の職住近接のニュータウンで、写真左側に新しい戸建て住宅が見える。市営地下鉄学園都市〜西神中央駅間の開通は62年3月
  • 写真整備が進む六甲北ニュータウン(昭和61年10月、神戸電鉄岡場駅上空付近から撮影)。北区北神地区最大の団地・藤原台は60年から
    入居がはじまった
  • 写真洋風住宅と道路のカラー舗装がマッチして、遊ぶ子供たちも楽しそう。(平成元年2月、西神ニュータウン)
  • 写真須磨・西神ニュータウンの開発にともなって建設された市営地下鉄は、昭和52年3月の名谷〜新長田間の開業のあと順次、部分開通が行われ、62年3月西神中央〜新神戸間が全線開通。63年4月に北神急行も開業した
  • 写真昭和60年1月ごろの神戸研究学園都市。この年、6月に市営地下鉄新神戸〜学園都市間が開通、8月にユニバーシアード神戸大会が開催され、翌61年4月、神戸市外国語大学が移転を完了し開学式を行った
  • 写真神戸交通センタービルは地震で5階部分が崩れ落ち、ビル上部が右へ傾いた
  • 写真同二号館は地震で六階部分が崩れ落ち、一号館との渡り廊下も崩壊した
  • 写真進む復旧工事。市庁舎二号館
  • 写真損壊した上層部を撤去、3階までのテナントが営業をしている神戸交通センタービル

水とみどりの都市づくり
(神戸市復興計画シンボルプロジェクト13)

写真

 身近に自然と親しめ、また緊急時には安全な避難地となり、消火用水・生活用水として活用できる水とみどりの空間づくりを進め、快適で災害に強い都市にします。

(1)水とみどりのネットワークづくり
 ●自然やいきものと日常的にふれあえ、災害時には延焼を遮断し避難地となる緑地軸の整備
 ●建物と道路の一体的利用による遊歩道の創出
 ●市街地での河川流量の安定的確保

海とのふれあい
 ●白砂青松の須磨・舞子海岸やマリンピア神戸の整備
 ●神戸港での親水空問づくり

地域のシンボルとしての水とみどりの創造
 ●緑地空間の確保や生け垣化、壁面緑化等によるみどり豊かなまちなみの形成
 ●地域のシンボルとしての井戸や雨水の活用
 ●下水処理水などの利用によるせせらぎや人工池の創造
●写真・資料提供●
(順不同、敬称略)
井原 正
立井 冨久治
神戸空襲を記録する会
神戸大学建築計画研究室
建設省六甲砂防工事事務所
神戸市文書館
写真
だんだんと赤く染まる東の空を見ていると、日の出が神戸の街に向かって何か呼び掛けているように思った。人々の眠りを妨げないように、やさしい声で。希望と勇気をもって、きょうもがんばりましょう―。きっとそう言っているのだ。(8月29日、錨山で撮影)

復興トピックス

@子供たちに大きな夢のプレゼント
7月24日(月)、プロ野球の選手たちがでっかい夢を見せてくれました。阪神大震災復興チャリティードリームゲームと名付けられたこのゲームは、日本人チーム=ジャパン・ドリームスと外国人チーム=フォーリン・ドリームスに分かれて、福岡ドームで開催。神戸でもハーバーランドのアストロビジョンで同時中継され、招待された市内の3つの少年野球チームが、笹山幸俊神戸市長らとともに観戦し、地元オリックスの選手が画面に映るたび歓声があがっていました。

A長田で"ふれあいトーク"行われる
復興にあたって市長が市民との対話を通じ、直接生の声を聞いて今後の復興施策へ反映させていく―という趣旨の"ふれあいトーク"が、7月25日(火)に被害の大きかった長田区で行われました。市民代表として震災以後、長田区内で活躍しているボランティア、まちづくり組織のリーダーなど5名と、神戸市からは笹山幸俊市長、コーディネーターとして日坂長田区長が出席。それぞれの立場から、活発な意見や提案の交換が行われました。

B入居者の心のオアシスがオープン
応急仮設住宅に住む人たちと地域団体との交流の場や、ボランティア活動の拠点になるふれあいセンターは、およそ100戸以上の仮設住宅団地にふれあいセンター推進協議会が設置するもので、各センターごとの運営協議会が管理して様々な事業を計画、実施します。その市内での第1号として7月30日(日)、藤原台第1ふれあいセンターがオープン。慣れない土地で、新しい人間関係を作っていかなければならない入居者たちにとって、今後各地で次々と設置される予定の同センターは、きっと役に立つことでしょう。

C通勤・通学の足ポートライナー全線復旧
三宮とポートアイランドを結ぶ新交通システム・ポートライナーは、震災で橋梁(きょうりょう)や橋げたが破損するなどして三宮駅と中公園駅間の2.8kmが最後まで不通になっていましたが、7月31日(月)始発から全線運行を再開しました。5月に島内の運行を始めてからも、市街地までは代替バスに乗り換えなければならず、利用者は不便を強いられていましたが、これで市街地と一本に結ばれ、震災前と変わらぬ近くて便利な"海上都市"に復帰しました。

D港湾道路次々復旧へ
新港突堤と摩耶埠頭(ふとう)を結ぶ港湾幹線道路・摩耶大橋(全長210m)は、4月にいったん橋げたを撤去して修復、5月に再架設して補修工事を続けていましたが、8月1日(火)未明から通行開始となりました。通行料はハーバーハイウェーの六甲アイランド〜摩耶埠頭間が開通する10月末(予定)まで、当面無料になります(通常は100円)。湾岸地区では、この日神戸大橋仮設橋(全長400m)も開通。8月末には東魚崎、魚崎両大橋の仮橋も完成し、ハーバーハイウェーも10月末までに一部区間を除き復旧、港の物流は徐々にスムーズになっていきます。

E北区鹿の子台に路線バス運行開始
応急仮設住宅約2,000戸がある北区鹿の子台地区へ、8月10日(木)から市バスと神姫バスが新たなバス路線を設け、共同運行を始めました。新設路線は北神星和台〜鹿の子台〜神鉄道場駅で、既設の68系統(岡場駅〜北神星和台問)を延長し、平日1日当たり計22本往復します。料金(大人)は150円〜240円。

F震災後初、フェリーの本格復旧バース供用開始
震災で埠頭(ふとう)が壊れ大きな被害が出ている神戸港では、早急に本来の港湾業務が行えるようにまず半分の岸壁の応急復旧を行い、暫定利用しながら同時に残りの岸壁の本格復旧工事を行っています。東神戸フェリーターミナルでは岸壁が海側に張り出し、自動車搭載用の連絡橋も壊れていましたが、8月1日(火)、第4バースが工事を終え、耐震強化をされた本格復旧岸壁第1号として船の発着を再開しました。再開したのは高松航路と川之江・新居浜航路の2ルート。また同時に、六甲アイランドでも暫定供用バースが完成し、九州方面への便も就航しました。

G神戸高速鉄道が全線開通相互乗り入れ再開
8月13日(日)、震災で不通となっていた神戸高速鉄道の東西線、新開地〜高速長田間(約2q)が開通。阪急・阪神・山陽電鉄との乗り入れも再開され、208日ぶりに三宮・梅田方面と明石・姫路方面の間が、乗り換えなしで行き来できるようになりました。この日、新開地駅では開通セレモニーが行われ、各線の運転士に花束が贈られました。地下の支柱が損傷するなど大きな被害を受けた大開駅は来年3月まで復旧作業が続き、それまでは通過駅となります。

H魂の平安祈る精霊送り
震災後初めて迎えた盆の8月15日(火)、各区で精霊送りの行事が営まれ、多くの人々が震災で亡くなった人たちや先祖の魂を送りました。市内で震災のために亡くなった人は4,000人を越えますが、初盆にあたるこの日は多くの遺族が小舟に供物を乗せて会場を訪れ、ロウソクの炎に手を合わせて犠牲者の冥福(めいふく)を祈りました。今年は例年までの会場が避難所になっているため場所を変えて行われているところもあり、遺族や世話役の人たちも転居先や応急仮設住宅から駆け付けているところがありました。(東灘区住吉呉田浜で)

I六甲ライナー全通、市内鉄道網全面復旧
震災で不通となっていた新交通システム・六甲ライナーの住吉〜魚崎駅間1.2kmが、8月23日(水)運転を再開しました。4月のJRを皮切りに次々とほかの鉄道が全線開通していく中、六甲ライナーは始発駅である住吉駅がほぼ全壊、橋げたや橋脚が傾くなど大きな被害を受けていたため、5月に島内、7月にアイランド北口〜魚崎駅間の運転が再開してからも、最後まで市街地区間の復旧が遅れていました。この218日ぶりの全線開通で、寸断された被災地の鉄道網はすべて復旧したことになります。

J「新しいコミュニティづくりとボランティア」をテーマに
今回の震災では、延べ100万人以上ものボランティアの活動が大きく注目を集め、「誰(だれ)かのために今自分ができること」を多くの人が考えました。現段階では応急仮設住宅への対応など継続的な活動が求められていますが、その中で被災者の自立を支援し、地域でのコミュニティーづくりを目指し、今後のボランティア活動の輪を広げていく機会として"第1回こうベボランティアシンポ"が8月31日(木)、兵庫県民会館で行われました。基調講演とパネルディスカッションを通じて、今回の震災におけるボランティア活動と今後の取り組みについて考察。参加者は熱心に聞き入っていました。

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