268号表紙

No.268(平成7年7月)

特集:

阪神・淡路大震災 半年間の復興のあゆみ

阪神・淡路大震災 半年間の復興のあゆみ

「美しいまち神戸」の再生に向けて

神戸市民の皆さんへ
 1月17日のあの恐ろしい地震の日から半年が過ぎました。まだ震災の傷痕があちらこちらに見られ、多くの市民の皆さんに不自由な生活をおかけしていますが、少しずつ復興に向けた動きが市内の随所で見られるようになりました。そして、6月末にはこれからの神戸が進むべき道しるべとなる「神戸市復興計画」を策定することができました。これは復興に向けての第一歩です。まだ、実現までの道のりは始まったばかりですが、神戸の復興を望まない人はいないように、復興に向けての努力を惜しむ人もいないでしょう。私は今後、この復興計画の実現に全力を傾けてまいります。
 今回の「市民のグラブこうべ」は、地震後の半年間を振り返るとともに震災のつらい思いを乗り越え、復興に向けて頑張っている人々の姿を紹介しています。今後とも、地震後1年目、2年目などと節目となる日において、多くの人々が神戸の復興状況に注目することでしょう。それは、今回の地震が大都市の直下で起こった地震であり、それからの復興はかつて例のないことであるため、日本全国の人々だけでなく、世界中の多くの人々によって関心をもたれ、そして励まされているということなのです。数えきれないほどの多くの支援や激励にあらためて感謝し、神戸の元気に復興した姿を見てもらえるようになることが、それに応えることだと思います。
 復興には、多くの人の知恵と膨大なエネルギ一、莫大な費用とかなりの時間が必要です。市民・事業者・市が協働してこの試練を乗り越え、「美しいまち神戸」「愛するまち神戸」の再生に向けて頑張ってまいりましょう。

平成7年7月17日
神戸市長
笹山幸俊(ささやまかずとし)

平成七年一月十七日午前五時四十六分 阪神・淡路大震災

  • 写真道路に倒れ込むように崩壊した三菱銀行兵庫支店。向こうの空には、地震直後の火災の黒煙が上がっている(一月十七日、兵庫区水木通)
  • 写真神戸有数のショッピング街、三宮センター街。通りはガラスや崩れ落ちた壁でいっぱいだ(一月十八日、中央区三宮町)
  • 写真倒壊した木造家屋と新しい高層住宅の対比が象徴的だ(1月18日、中央区脇浜町付近)
  • 写真原形もとどめず崩れ落ちた神戸栄光教会。ゴシック風、赤レンガ造りの同教会は大正十一(1922)年の建築以来、長く人々に親しまれていた(一月十七日、中央区下山手通)
  • 写真1階部分がわからないほど倒壊した家屋(1月18日、灘区岩屋北町付近)
  • 写真倒壊ビルの撤去作業始まる。ガレキが道を塞(ふさ)いでいたため、地震直後から作業が行われた(一月十九日、中央区下山手通)
  • 写真5階部分が押しつぶされるように崩れた市立西市民病院(1月19日、長田区一番町)
  • 写真白鶴酒造記念館。伝統をしのばせる酒どころ灘の、代表的な古い酒蔵の一つだった(1月20日、東灘区住吉南町)
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    一階部分が崩れ大きく傾いたビル(一月十八日、中央区磯上通)

    写真大きな被害を受けたJR六甲道駅(一月十七日、灘区永手町)
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    5階部分が崩れ落ち、ビル上部が右へ傾いた神戸交通センタービル(1月25日、中央区三宮町)

    写真夜を徹して解体作業を急ぐ阪急三宮駅ビル(一月二十八日、中央区加納町)
  • 写真新交通ポートアイランド線の桁(けた)落下現場(1月、中央区御幸通) 神戸新交通樺供
  • 写真神戸市役所の渡り廊下も崩壊。左・1号館、右・2号館(1月18日、中央区加納町)
  • 写真崩壊した新交通六甲アイランド線の住吉駅(一月十八日、東灘区住吉宮町) 神戸新交通樺供
  • 写真地震の被害に加え、直後に火災が発生し、二・三階を中心に校舎の約七割を全焼した烏帽子中学。校舎の時計が地震発生時刻をさしたまま止まっていた(一月、灘区烏帽子町)
  • 写真天井が陥没し、支柱が倒れるなど壊滅的な打撃を受けた高速大開駅(1月18日、兵庫区水木通) 神戸高速鉄道樺供
  • 写真六甲最高峰近くの明石神戸宝塚線のガケ崩れ現場(1月、北区)
  • 写真"V字型"に大きく陥没した道路。この地下が高速大開駅で、天井が陥没するなど大きな被害を受けた(1月19日、兵庫区水木通)
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    宇治川の護岸決壊現場。道路も大きく崩れ落ちた(一月二十五日、中央区中山手通)

    写真岸壁が陥没、海へ転落したコンテナ(一月十七日、中央区港島)
  • 写真倒壊した阪神高速道路神戸線から下に転げ落ちた車(1月18日、東灘区深江)
  • 写真奥摩耶ドライブウェーのガケ崩れ(一月三十日、灘区摩耶山町)
  • 写真住宅地のガケ崩れ現場(2月23日、垂水区星ヶ丘)
  • 写真倒壊した六甲アイランドのガントリークレーン(一番手前一月二十八日、東灘区向洋町西)
  • 写真地割れによって大きく亀裂が入ったポートアイランド北公園。向こうのポートターミナルに停泊中のカーフェリーは、救護救援関係者の臨時宿泊施設として使用された(二月十六日、中央区港島)
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    火事の焼け跡では地震の翌日もまだ煙がくすぶっていた(1月18日、灘区神前町付近)

    写真一面焼け野原となった兵庫区の市街地(一月十八日)
  • 写真避難所の学校で、安否や生活情報の張り紙に見入る被災者(1月21日、長田区大谷町の蓮池小学校)
  • 写真校庭にたくさん並んだ避難所の仮設トイレ(1月、長田区寺池町の兵庫高校)
  • 写真町が消えた!JR新長田駅(写真左側手前)から南の阪神高速道路(写真右側)に至る広い範囲にわたって、地震後に発生した火災で焼失。工場が多かったこのあたりの景色も一変してしまった(一月二十六日、長田区若松町)
  • 写真屋根を覆うおびただしい数のビニールシート(一月二十六日、須磨区行幸町付近)
  • 写真給水を待つ人々。他都市の水道関係者も多数応援にかけつけ、給水や復旧工事に携わった(二月十六日、中央区中山手通)
  • 写真衛隊の救援基地になった王子陸上競技場。救援物資などの輸送で空輸の約8割がここに集中、ヘリコプターがひんぱんに離着陸した(1月28日、灘区王子町)
  • 写真給水を待つ人々。他都市の水道関係者も多数応援にかけつけ、給水や復旧工事に携わった(二月十六日、中央区港島中町)
  • 写真倒れた電柱の横で懸命の復旧作業。電気の復旧にも他電力会社の応援組が加わった(1月18日、兵庫区下沢通)
  • 写真海外から救援の手。捜索犬を連れて到着したスイス災害救助隊員。スイスのほかイギリス、フランスなどの災害救助隊員や医療チームも神戸で活動を展開した(1月21日、王子陸上競技場) 朝日新聞社提供
  • 写真神戸市災害対策本部での記者会見。国内はもちろん外国の特派員も参加、連日緊迫した空気に包まれた(一月二十三日)

自衛隊・ボランティアの活動

  • 写真倒壊家屋から被災者にとってかけがえのない貴重品を一つ一つ掘り出す自衛隊員。とてもきめ細かい丁寧な作業だった
  • 写真自衛隊仮設風呂。自衛隊が設置した仮設風呂は市内で14か所。ライフライン復旧までの間、夕方から夜にかけて列が出来るほどの混雑だった
  • 写真「自衛隊への感謝のつどい」の後、撤収する自衛隊員を手を振って見送る被災者や子供たち(王子陸上競技場で)
  • 写真地震直後から被災地に入った自衛隊は、人命救助をはじめ、ガレキ処理、入浴、炊飯、救援物資輸送などさまざまな救援活動を行った
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    「ボランティア」というものについて考える契機となった。

    灘区の石屋川公園にテントを張ったボランティア集団「神戸元気村」。テント数は日を追って増え、出入りするボランティア村民はピークで五百人を突破。炊き出し、避難所間のバイク輸送、損壊家屋の片付け…など、各自が能力を発揮して活躍した。
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    自衛隊、ボランティアのみなさん以外にも、国内はもちろん海外のみなさんから救援・救助、激励やお見舞をいただきました。ほんとうにありがとうございました。

    「自衛隊への感謝のつどい」で、幼稚園児から「ありがとう」と握手を求められる自衛隊員(四月二十七日、王子陸上競技場で)
  • 写真"ゆうパック"で全国から届けられた救援物資の配布(二月六日、中央区の東遊園地で
  • 写真料理自慢のボランティアによる炊き出しサービス。温かい食べ物は被災者に特に喜ばれた(長田区の若松公園で)
  • 写真ボランティアは他都市から駆けつけた人が多かった。救援物資を種類別に分類するボランティア(中央区磯上通、こうべ市民福祉交流センターで)
  • 写真校庭にテントを張ったボランティア本部(1月下旬、東灘区の本山第三小学校で)

安全な街に誓いも新た 神戸市合同慰霊祭(3月5日、中央区楠町の神戸文化ホールで)

  • 写真「だれもが安心して生活し、働くことができる安全な街を一日も早く築くことが、私たちの使命です」と追悼の辞を述べる笹山幸俊神戸市長
  • 写真手を合わせ、犠牲者に最後の別れを告げる参列者
  • 写真祭壇に献花される皇太子ご夫妻
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  • 写真白菊の飾られた祭壇に献花する参列者
  • 写真白い花輪を祭壇に供える各区代表の9人の遺族
  • 写真式典の後も会場で記帳、献花を受け付け、この日午後7時までに訪れた人は参列者を含め計約11,200人にのぼった
  • 写真テントから献花に向かう人たち

子供たちに笑顔が戻った

  • 写真簡易給食再開。子供たちのなんともいえない笑顔が印象的だった。水がないため、食器は洗わなくてもよいものが使われた(二月二十七日、港島小学校で)
  • 写真仮設教室への移動。机やいすが少しぐらい重くても、足取りは軽い
  • 写真校庭での始業式。「いろいろ大変なことがあったけど、がんばりましょうね」
  • 写真仮設の教室での授業参観。「震災を経験して、ふれあいの気持ちがみなさん強くなったような気がします」と、あるお母さんは話していた(3月11日、東灘区の本山南小学校で)
  • 写真学校へ避難している人も参列した卒業式。感動の面持ちで見入っていた
  • 写真校庭での入学式。お父さんやお母さんが、うれしそうなホッとした表情だった
  • 写真校庭に張られた避難者のテントのそばで元気に遊ぶ児童
  • 写真仮設教室の間でダッシュの練習をする灘区の鷹匠中学野球部員(学校の向かいにある寿公園で)。同中学の校舎は地震で全壊。グラウンドに仮設教室を建てたが足りないため、公園にも応急措置として建てた

被災の街によみがえる活気

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  • 写真露店で営業を再開した大安亭市場(中央区日暮通)。同市場の立ち上がりは早く、一月二十五日ごろには約八割の店が営業を始め、ガスがないため炭火で肉や魚を焼くなどして活況を呈した
  • 写真地震直後の火災で焼失した菅原市場(長田区菅原通)は、二階建てプレハブ店舗を建設し五月二十五日オープン。一面焼け野原の中に活気が戻った
  • 写真
  • 写真「あったかいものでも食べて、元気出してや!」。南京町(中央区)でも地震二日後の一月十九日あたりから次々と店が露店での仮営業を始め、店の人の威勢のよい声が通りに響いた
  • 写真元町商店街(中央区)の「神戸元気食堂」。6店舗の飲食店が共同仮設店舗で3月25日から営業をスタートさせた
  • 写真被災した商店街や市場などの八十一店舗が入り、六月十日にオープンした大型共同仮設店舗「復興げんき村パラール」(長田区腕塚町)。三年ほど前から町づくりの勉強を一緒に続けていたので、店の共同化がスムーズにまとまったという
  • 写真旧居留地の中心部で弁当を売る露店。地震後は周辺の飲食店のほとんどが店を閉じたため、ビジネスマンの昼食などを見こんで出現した
  • 写真神戸一の地下街「さんちか」が三月一日営業再開。同時に開催されたバーゲンは待ちわびた買い物客でごった返した
  • 写真
  • 写真地震後に営業を始めたフラワーロードの露店
  • 写真三宮センター街の倒壊店舗の前で店開きした"何でも屋"の露店。マスクや神戸市関係の地図も売っていた(2月6日)
  • 写真大型店舗が軒並み営業を中断した神戸ハーバーランドに、テーブルやイスまで設けた露店が登場(2月)

交通機関 着々と回復

  • 写真三宮から阪神間へ向かう各私鉄・JRの代替バスの起点になった中央区役所前付近。退社時間帯に乗客が重なったことや、交通渋滞で特に夕方から夜にかけて人もバスも長い列ができた
  • 写真一日も早い全線開通に向け夜を徹して復旧工事が行われた
  • 写真灘駅前から住吉へ向かうJR代替バスに乗る人たち
  • 写真新神戸駅に久しぶりに晴れ姿を見せた新幹線。四月八日に姫路〜新大阪間が開通した
  • 写真全線開通したJR東海道線(四月一日、六甲道駅付近)
  • 写真全線開通の阪急三宮駅(六月十二日)。この日から朝の通勤時間帯に限り、三宮〜梅田間に初めて通勤特急がお目見えした
  • 写真駅舎の被害が大きな所は、仮設のホームを作るなどして対応した(西灘駅で)
  • 写真高架線が大きな被害を受けた阪神電鉄の御影〜西灘間がやっと復旧、六月二十六日全線開通した。写真は、足どりも軽く電車を降りた乗客(三宮駅で)
  • 写真三月十三日から三宮〜御影間が開通した阪急電車(三宮駅で)

みんなでがんばろう!

写真

みんな集まれ おまつりだ!

  • 写真神戸青年会議所の主催で開かれた「神戸元気復興祭」で、フットサルトのプレーを楽しむ子供たち(6月10・11日、メリケンパークで)
  • 写真今年も盛大に開かれた「長田マダン」。マダンは韓国・朝鮮語で広場の意味。在日韓国・朝鮮人が一つの広場に集い民俗文化を伝えようという目的で開いており、今年で六回目。地震で被害を受けた人が多く、踊りにも一段と熱がこもっていた(五月七日、大橋中学校で)
  • 写真「長田復活祭」。街の再生へ向け、住民が元気を取り戻すきっかけになればと長田区のボランティア団体が開いたもので、世界28か国の人が住む長田区の特性を生かした万国屋台村や、民族ファッションショーなどが人気を集めた(5月20・21日、水笠公園で)
  • 写真「神戸っこ元気だドレミの歌」で合唱する子供たち(五月五日、神戸ハーバーランドスペースシアター特設ステージで)。今年のゴールデンウィークに市内一円で繰り広げられた「WE LOVE KOBE 元気復興ウィーク」の一環として開かれたもので、出演者やスタッフはすべてボランティア参加だった
  • 写真被災した子供たちのためのイベントとして開かれた「おーいあつまれこうべっ子フェスタ」で演奏する旧ソ連出身の人気ピアニスト、スタニスラフ・ブーニンさん=ドイツ在住=。同氏は広島公演の前にわざわざ会場を訪れ、演奏した後、子供たちと一緒に遊んだ(三月二十一日、灘区の稗田小学校で)
  • 写真"WE LOVE KOBE"を合い言葉に開かれた「神戸五月まつり」のサンバ(五月二十一日、元町商店街)
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    「南京町復活宣言」での中国獅子舞(3月12日、南京町)

    写真避難所でのミニ演芸会。被災者に少しでも元気を取り戻してもらおうと、大阪の漫才師・落語家などが避難所になっていた神戸文化ホール(中央区)を訪れて開いた(2月21日)
  • 写真5階まで吹き抜けの神戸ハーバーランドスペースシアター(多目的広場)で行われた、復興イベント「宝島サーカス」に見入る大勢の観客。「愛と勇気」をメーンテーマにBMXの大宙返り、妖精の空中遊泳など新しい都市型サーカスが次々と披露された(6月10・11日)
  • 写真市役所南側の東遊園地内特設広場で、2月17日から3月16日まで開かれたシアター「フラワーテント」への参加を呼びかけるユニークな看板

急ピッチで進む みなとの復旧

  • 写真水際線のほとんどが被害を受け(一部は壊滅)、二十三バースの大型岸壁、臨港交通施設なども大半が被災した神戸港は、その後急ピッチで復旧が進み、七月初めまでに震災以前の定期航路の約六十五%が再開、またコンテナバースも次々と順調に再開した。
     写真は、神戸港で地震後初めてガントリークレーンによる本格的なコンテナ荷役が再開された摩耶コンテナバース。船は中国のフルコンテナ船「高河」(三月二十日)
  • 写真神戸寄港を再開し、新港第四突堤に着岸した中国の国際定期フェリー「燕京」(五月十七日)。同船は、友好港である中国・天津港と神戸港を結ぶ架け橋として一九九〇年に就航し、毎週一便寄港していたが、地震後は臨時的に大阪港に寄港していた。ポートターミナルの応急復旧にあわせて、定期フェリーとしては初めて神戸寄港を再開した
  • 写真シーランド社(アメリカ)の定期航路が再開され、六甲アイランドのコンテナバースに着岸した「Sea-Land Explorer」。陸上にある最大のクレーンを使っても船の右側しか届かないため、神戸での荷物は、船の右側に積むなど工夫していた(3月24日)
  • 写真地震後初めての外国客船として神戸港に入港したウクライナの「カレリヤ」。入港時に、神戸水上消防署の消防艇による歓迎放水と、神戸市消防音楽隊による歓迎演奏が行われた(六月二十五日)
  • 写真神戸港のコンテナバースでは、地震後は労使の合意で24時間荷役(日曜・祝日を含む)が行われており、サービス面での復興も進んでいる(摩耶埠頭)
  • 写真大型フローティングクレーン船2隻による一括架設工法で行われた摩耶大橋の桁(けた)再架設工事(5月26〜28日)。同大橋は地震で大きな被害を受け、いったん撤去して六甲アイランドで補修、もとの位置に戻した。摩耶大橋の再供用は8月1日の予定
  • 写真ガントリークレーンのレールの敷設工事(六甲アイランド)
  • 写真倒壊ビルのガレキ等で突堤間を埋め立て、再開発(摩耶埠頭)
  • 写真コンテナバースの修復工事(六甲アイランド)

花が咲き、観光も徐々に回復

  • 写真地震のあった冬から春、そして初夏へ。季節が変わるにつれ、被災地ではサクラやアジサイが今年もきれいな花を咲かせ、人々の気持ちをなごませた。写真は仮設住宅と満開のサクラ
  • 写真北野の異人館街では若い観光客が徐々に戻ってきた。公開異人館の多くが被害を受け、七月一日現在、地震前の約半数の九館がオープンしている(写真は中央区北野町)
  • 写真うろこの家も地震で塔が傾き、うろこが落ちるなどの被害を受けたが、約三か月かけて修復し四月二十九日オープンした
  • 写真よみがえった神戸港の夜景。手前は、六月九日から同十九日まで第一突堤に停泊した運輸省航海訓練所の練習帆船「日本丸」。向こうの紅白の電飾はポートタワーと神戸海洋博物館。日本丸は十八日に船内見学会を行ったほか、停泊期間中、船体に電飾を施し夜のみなとを彩った
  • 写真神戸ハーバーランドは三月上旬から相次いでオープン。電飾が夜の港に美しく映えた
  • 写真日一日と、輝きが増していった神戸の夜の街。あすへの希望がわき上がってくるようだ(2月17日、摩耶山から撮影)
  • 写真復旧工事現場に咲くアジサイ

いつまでも健やかに

  • 写真被災地住民の健康状態を調べる住民健診が三月十六日から同月末まで東灘・灘・中央・兵庫・長田・須磨区で一斉に行われた。教室の黒板の文字や、掲示物は、地震当日のままだ(三月二十六日、東灘区の本山第二小学校で)
  • 写真避難所での生活が困難な高齢者・障害者等及びその家族を対象に建てられた寮形式の二階建て地域型仮設住宅。間取は一室(四・五畳または六畳)、風呂・トイレ・流し台は共同利用で、手すりの設置、低槽浴室、緊急ブザーなど身体障害者対応がなされている(中央区東川崎町で)
  • 写真損壊部分の撤去工事のため、二月二十日に長田区総合庁舎六階の仮設診療所(長田区北町)に移転した市立西市民病院。救急外来は二十四時間対応(土・日・祝日も含む)を実施
  • 写真仮設住宅を訪問し、お年寄りの総合健康相談に当たる保健婦。保健所では、仮設入居世帯の健康調査を実施し、対応が必要な人には保健婦等が訪問して、入居者が少しずつ生活に慣れ健やかに過ごせるよう支援している(西区室谷)
  • 写真地震後に最初に開設された障害者の仮設小規模作業所「いかり共同作業所」(中央区楠町)。地震で小規模作業所等10か所が全半壊したため、引き続き6か所の障害者向け仮設小規模作業所が順次建設される

災害に強いまちづくり

  • 写真建築が制限された市内6地区に掲示された「震災復興まちづくりニュース(第1号)」(2月、中央区)
  • 写真震災復興まちづくり事業についての疑問や提案をはじめ、さまざまな相談に対応している現地相談所。4月24日から市内6か所に開設された。写真は、東灘区の森南現地相談所(仮設テント)で
  • 写真被災市街地復興推進地域5地区の都市計画案等と三宮地区の地区計画の決定素案を縦覧する市民。縦覧の上、意見書を出すことができた(2月28日〜3月13日、中央区のサンボーホールで)
  • 写真神戸・復興住宅メッセ内に掲示している市内の重点復興地域一覧。同メッセは、地震で被害を受けた住宅のー日も早い復興を促進するため、神戸市住宅供給公社が6月22日から中央区磯辺通(市役所東側)で開催中(平成10年4月まで開催)
  • 写真耐震・耐火性など安全面を重視した災害復興住宅(市営住宅)の完成予想図
  • 写真協調建て替え住宅のイメージ図。「コストダウンと景観配慮のため、向こう3軒両隣りで建て替えたい」―そんな希望者には、復興住宅メッセからコーディネーターを派遣する
  • 写真一戸建住宅の建て替えでは、地元を知り尽くした地元の工務店が、最新のCADシステムを使って親切に応対。最適のプランをすぐ図面で提案。地元ならではの迅速な対応で復興を応援する

復旧・復興へ 車の渋滞つづく

  • 写真国道二号の渋滞風景(灘区徳井町で)。道路が被害を受けたのに加え、救援物資や復旧資材の輸送、ガレキの運搬等で車は減らず、一時ほどではないにしても渋滞は今もあちらこちらで見られる
  • 写真復興標章をつけた車と一般車を整理する警察官(灘区岩屋の国道二号・四三号交差点で)
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    ガレキを積んで並ぶダンプ(西区伊川谷町、布施畑環境センター付近で)

    写真高架道路の復旧工事(灘区岩屋交差点付近)
  • 写真地震後は、緊急輸送ルート(その後、復興物資輸送ルート等に変更)確保のため、一般車両の通行を禁止する交通規制が行われた。この交通規制は、被災地の復興状況、道路の復旧状況等に応じて、数次にわたり、規制区間や対象車両、規制時間が移り変わった。
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復興に向けて真剣な取り組み

  • 写真長田区の西神戸センター街の被災状況を視察する笹山幸俊神戸市長(2月14日)
  • 写真地震の教訓を踏まえて、現行の地域防災計画の見直しを進めるため学識経験者や防災関係者を加えて開かれた神戸市防災会議(六月十四日、市役所一号館大会議室)
  • 写真被災者用一時使用住宅の第一次入居者の発表に見入る人たち。第一次は応急仮設住宅二千二十一戸、公営住宅等の空き家六百八十戸の計二千七百一戸で、高齢者・障害者・母子世帯が優先入居した(二月七日)
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    第1回神戸市復興計画審議会。今年3月にとりまとめた市の復興計画ガイドラインにもとづき、具体的な復興計画の策定について検討に入った(4月22日、市役所1号館大会議室)

    写真仮設投票所(テント)での神戸市会・兵庫県会議員選挙の投票風景。地震前の投票所であった学校・集会所・公会堂などが被災して使用できなくなったため、市内十五か所でテントの仮設投票所が設営された(六月十一日、兵庫区西出町公園の第二十一投票所)
  • 写真避難所から仮設住宅へ、被災者の新しい生活がはじまった(4月21日)
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    長田区の野田北部まちづくり協議会の皆さんと懇談する笹山幸俊神戸市長(写真中央上)。市長・助役らが中央6区を分担し、建物の解体や仮設住宅の建設状況などを視察、地域住民と懇談した(2月14日)

    写真関西の知事、市長、商工会議所会頭らが出席して開かれた「関西復興サミット」。笹山幸俊神戸市長は「神戸の復興に向けて」の報告を行った(六月九日、新神戸オリエンタルホテルで)
  • 写真地震後の約2か月半を振り返り、今までの苦労話やこれからの課題などについて話し合った被災市民と市長との懇談会(4月3日、中央区の神戸生田中学仮設校舎で)

兵庫県南部地震における神戸市の被害の概要

 平成七年一月十七日未明に阪神・淡路地域を襲った「兵庫県南部地震」は、近代日本で初めての大都市における直下型大地震であった。深さ十四キロメートルという比較的浅い部分で発生。揺れの振幅は観測史上最大の十八センチメートルを記録した。

◆兵庫県南部地震
発生日時:平成七(一九九五)年一月十七日午前五時四十六分
震源地:淡路島北部(北緯三十四・六度、東経百三十五度)
震源の深さ:十四キロメートル

規模:マグニチュード七・二(推定)
最大震度:七(観測史上初)
特徴:横揺れと縦揺れが同時に発生
余震回数:延べ二千百三十五回(一月十七日〜七月十日)

◆神戸市の被災状況
・多大な犠牲者(七月十四日現在)
死亡者:四千三百十九人
行方不明:一人
負傷者:一万四千六百七十九人

・避難(ピーク時)
避難者数:二十二万二千百二十七人
避難所数:五百九十九か所

・建物の被害
(二月五日現在)
全壊:五万四千九百四十九棟
半壊:三万一千七百八十三棟

・火災による被害(二月五日現在)
全焼:七千四十六棟
半焼:三百三十一棟
火災発生件数:百七十五件(一月十七日〜二十六日)

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災害対策本部からの情報発信

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    広報紙

    1月25日の「こうべ地震災害対策広報」(第1号)発行以後、地震後6か月間で31回の発行。配送手段がマヒしていたため、電柱に巻きつけたり拠点に積み置くなどして情報伝達に努めた。2月17日からは「広報こうべ」も復活。特別号や臨時号を随時発行するなど、市民の情報紙として大きな役割を果たした。
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    キャプテンパソコン通信

    キャプテンは2月6日、パソコン通信は2月13日からサービス開始。7つのメニュー別に住宅・医療情報、各種問い合わせ先などを案内。
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    FAXサ−ビス

    1月29日サービス開始。生活や交通、福祉情報など9つのメニュ−にわけて24時間提供。遠隔地でも情報の入手が簡単なため、市外へ避難している人の大切な情報源となった。
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    ポスター

    神戸が立ち直ろうとしている意気込みを、市民や被災地以外の地域に向けて発信。
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    インターネット

    電話などの通信手段が断たれる中、他の地域との通信手段として活用。一月十八日に被害状況・復旧状況を世界に向けて発信しはじめたと同時にアクセスが殺到。一日最高四万件、現在でも一日平均約一万件のアクセスがある。

    テレビ、ラジオ

    一月二十二日から市の広報番組の中で災害関連情報を提供。また、二月六日からは毎日「神戸市災害対策本部からのお知らせ」を放送。時事刻々と変わる情報を伝えた。また、梅雨の時期には速報性の要求される避難勧告の発令を字幕で流し、いち早く情報を伝達した。
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    パブリシティ

    1月17日の当日から新聞・テレビ・ラジオなどマスコミに向けて情報を提供。資料のボードへの張り出しや毎朝定例の記者会見を開くなど国内はもとより世界から訪れた報道陣に情報をを流しつづけ、市民に向けての貴重な情報発信となった。

半年間のできごと

1/17 ・兵庫県南部地震発生
・神戸市災害対策本部設置
・政府、非常災害対策本部設置
・都銀六行、郵政省義援金振込手数料無料化
17 (地震当日)
避難所数:497か所
避難者数: 202、043人
18 ・東灘区ガスタンクのガス漏れで避難勧告
・道路交通法に基づく交通規制開始(国道2号など)
・避難者数ピーク 222、127人
19 ・スイスから災害救助隊と救助犬到着
・地震後初の臨時海上輸送開始
20 ・気象庁、一部地域を観測史上初の震度7と判定
23 ・関西電力、応急送電完了
・JR西日本、阪急電鉄、阪神電鉄の代替バス運行開始
・神戸市会災害対策委員会設置
・一部の学校園で授業再開
24 ・兵庫県南部地震に激甚災害法による指定が決定
24 (地震から1週間目)
避難所数:589か所
避難者数:195、567人
25 ・「こうべ地震災害対策広報」(第1号)発行
・中小企業総合相談所開設
26 ・阪神電鉄、青木まで運転再開。市内へ初乗り入れ
・神戸市震災復興本部設置
・避難所数ピーク 599か所
27 ・一時使用住宅入居者1次募集開始(〜2月2日)
28 ・生活福祉資金特別貸付実施(〜2月9日)
・廃材、ガレキの撤去は原則として市で実施することを決定
29 ・あじさいネットによる災害関連情報ファクスサービス開始
31 ・天皇皇后両陛下、お見舞いのため神戸市をご訪問
・神戸駅前地下街「デュオこうべ」営業再開
31 (2週間目)
避難所数:565か所
避難者数:155、261人
2/1 ・三宮など6地区で建築制限区域指定(〜3月17日)
・三宮に初めて電車乗り入れ(阪神電鉄)
6 ・り災証明書発行、義援金(第1次配分)交付開始
7 ・第1回神戸市復興計画検討委員会開催
7 (3週間目)
避難所数:539か所
避難者数:133、890人
13 ・外航定期航路大型貨物船「卜バ号」地震後初入港
14 ・「ポートタワー」「海洋博物館」ライトアップ再開
15 ・臨時神戸市会
・神戸市中小企業融資制度における震災復旧対策の実施(〜6月30日)
16 ・市営地下鉄、全線開通(新長田、上沢、三宮駅通過)
・神戸市震災復興緊急整備条例施行
17 (1か月目)
避難所数:527か所
避難者数:106、050人
20 ・災害復旧住宅特別融資(個人向け)の受付開始
・被災した市立西市民病院が移転、仮設診療所で再開
24 ・震災による被害者に対する神戸市税の減免などを決定
・全学校園で授業再開
25 ・仮設賃貸工場の入居企業第1次募集開始(〜3月5日)
28 ・一時使用住宅入居者2次募集開始(〜3月7日)
・市街地5地区の都市計画案と三宮地区の地区計画素案の縦覧(〜3月13日)
3/1 ・三宮地下街「さんちか」一部営業再開
・神戸市震災関連情報コーナー設置
5 ・神戸市合同慰霊祭(神戸文化ホール)
8 ・商店街・小売市場共同仮設店舗補助制度創設(〜7月31日)
10 ・ハーバーランド「神戸阪急」「モザイク」一部営業再開
11 ・気象庁、地震振動観測装置設置場所増設(市内6か所)
13 ・神戸市災害見舞金、兵庫県災害援護金交付受付開始(〜31日)
14 ・神戸市都市計画審議会「市の都市計画案」承認
    ・市立中学校卒業式(幼稚園は18日、小学校は24日)
17 ・住宅の応急修理受付開始(〜26日)
17 (2か月目)
避難所数:442か所
避難者数:62、604人
20 ・地震後初めてガントリークレーンによるコンテナ荷役再開(摩耶コンテナターミナル)
21 ・災害弔慰金の「相談窓口」「相談電話」開設
23 ・神戸の復興へ向けての提言募集 (〜4月21日)
24 ・神戸市災害援護資金貸付受付開始(〜4月30日)
26 ・地域防災計画見直しの神戸市防災会議開催
27 ・We Love KOBE元気復興委員会キャンペーンソング発表「美し都」
・神戸市復興計画ガイドライン策定
・神戸の教育再生緊急提言会議
4/1 ・JR西日本、東海道線全線開通
・「阪神・淡路大震災復興基金」設立
・市外ヘー時的に避難している市民へ「広報こうべ」の郵送サービス開始
3 ・「高齢者・障害者向地域型仮設住宅」入居者募集開始(〜11日)
5 ・民間被災宅地、私道の応急措置受付開始(〜30日)
7 ・一時使用住宅入居者3次募集、常時募集開始(3次募集〜11日)
8 ・山陽新幹線、全線開通
・大丸神戸店、営業再開
10 ・市立学校園始業式
11 ・市立学校園入学式
・埋火葬費の清算受付開始(〜24日)
・都市ガス復旧宣言
13 ・建築物の容積率緩和などの制度創設
16 ・そごう神戸店、営業再開
17 ・上水道、完全復旧
・「児童こころの相談110番」開設
17 (3か月目)
避難所数:391か所
避難者数:42、330人
22 ・第1回神戸市復興計画審議会開催
27 ・自衛隊への感謝のつどい
・神戸市総合インフォメーションセンター再開
28 ・神戸港復興計画委員会報告
29 ・「WE LOVE KOBE 元気復興ウィーク」スタート
5/8 ・神戸市消防基本計画策定にかかる基本的事項答申
10 ・一時使用住宅入居者4次募集開始(〜14日)
11 ・神戸市文化指針への提言
15 ・平成7年度固定資産税、都市計画税の減免措置の拡大を決
17 ・国際定期フェリー「燕京号」寄港再開
・生活福祉資金災害援護資金貸付受付開始(〜7月31日)
17 (4か月目)
避難所数:361か所
避難者数:31、132人
19 ・ポートアイランド ガントリークレーン荷役再 開第1船入港
22 ・地震後初の国際会議「国際溶射会議」開催
・ポートライナー ポートアイランド内運転再開
・市民福祉復興プラン策定にかかる基本的事項について意見具申
23 ・要援護家庭への義援金、重傷者への義援金と市県見舞金の交付受付開始(〜6月9日)
24 ・一時使用住宅向け仮設診療所、ポートアイランドにオープン
25 ・「菅原市場」仮設店舗で営業再開
27 ・地震防災対策シンポジウム・感謝状等贈呈式ほか開催
30 ・神戸市農漁業復興への提言
6/1 ・中央区役所三宮サービスコーナー再開
9 ・関西復興サミット開催
・西区の避難所解消
10 ・共同仮設店舗「復興げんき村パラール」営業開始
11 ・神戸市会・兵庫県会議員選挙
12 ・阪急電鉄、全線開通
14 ・神戸市防災会議・水防協議会開催
・神戸市水道耐震化指針の制定
16 ・北区の避難所解消
17 (5か月目)
避難所数:314か所
避難者数:21、609人
18 ・山陽電鉄、全線開通
・神戸高速(西代〜高速長田)営業再開
22 ・神戸電鉄、全線開通
・市バス全路線再開
・「復興住宅メッセ」オープン
25 ・地震後の初の外国客船「カレリア号」の寄港
26 ・阪神電鉄、全線開通
・神戸経済復興委員会報告
・神戸市会復興委員会設置
29 ・神戸市復興計画審議会答申
30 ・神戸市復興計画策定
7/1 ・須磨海水浴場海開き
・一時使用住宅入居者5次募集開始(〜6日)
7 ・神戸市災害復興住宅入居者募集開始(〜24日)
20 ・六甲ライナー、魚崎―マリンパーク間開通(予定)
写真

「神戸市復興計画」の概要(抜粋)

■目標年次 2005年

■対象地域 市内全域(ただし、「第4章 市街地復興計画」は「震災復興促進区域」を対象とする。)

■計画の内容

第1章 復興の基本的考え方

第1節 復興への基本的課題
(1)本格的復興に向けての市民生活と都市基盤の早期復旧
(2)震災の教訓を生かした災害に強い都市づくり
(3)すべての人が安心して暮らせる福祉社会の構築
(4)多様性、開放性に富んだ神戸文化の復興
(5)環境にやさしい持続的発展が可能な都市の創造
(6)21世紀を先導する国際都市としての再生・復興
(7) アジアのマザーポートとしての神戸港の早期復興
(8)情報ネットワーク社会の実現
(9)協働によるまちづくりの推進
(10)ボランティア活動の支援と広域連携の推進
(11)災害文化の継承と世界への貢献

第2節 復興まちづくりの目標

図

第2章 目標別復興計画

第1節"市民のくらし"を復興する
1 良質な住宅の早期大量供給
2 地域特性を生かした住環境整備の推進
3 保健・医療・福祉の充実
4 豊かな心を育むくらしの実現

第2節"都市の活力"を復興する
1 産業の復興
2 神戸港の復興
3 交通ネットワークの整備

第3節"神戸の魅力"を復興する
1 復興に向けた運動の推進
2 市民の心をうるおす文化・スポーツの振興
3 国際都市づくりの推進     
4 情報コミュニケーションのまちづくり
5 水とみどり豊かな快適環境都市づくり

第4節"協働のまちづくり"を推進する
1 ともにつくるふれあいとやさしさの地域社会
2 個性と魅力あふれる地域社会づくり
3 自主性と創造性あふれるボランティア活動の振興
4 事業者の自発的で意欲的な地域活動の促進


  • 写真災害復興住宅(西神南ニュータウン)
  • 写真仮設賃貸工場でのケミカルシューズ操業再開
  • 写真第24回(平成6年度)神戸まつり

第3章 安全都市づくり

第1節 基本的考え方
■基本的視点
@自立した生活圏の形成
A日常性と災害時との調和
B市民・事業者・市の役割分担と連携

■安全都市の体系

図

第2節 防災生活圏―生活空間での安心の確保

表
第3節 防災都市基盤―安全な都市の 基本骨格の確保
1 防災緑地軸の整備
2 防災拠点の整備
3 広域防災力に対応した都市空間の形成
4 災害に強いライフラインネットワークの整備

第4節 防災マネジメント ―防災力を高めるシステムづくり
1 災害への備えの充実
2 災害直後の緊急対応力の強化
3 救援・復旧活動の充実
4 災害文化の継承

第4章 市街地復興計画

第1節 基本的考え方
■基本的視点
(1)被災市街地の総合的な整備とインナーシティの活性化
(2)安全都市づくりの推進
(3)拠点の整備と自立性の高い生活圏の形成
(4)水とみどり豊かな市街地の形成
(5)ウォーターフロントの整備と市街地との連携の強化
(6)まちづくりと一体となった産業の振興
(7)地域の個性を生かした魅力あるまちづくり
(8)協働によるまちづくりの推進

第2節 都心地域復興計画
■都心復興プロジェクト
@魅力ある都心中心部の創造
A都心ウォーターフロントの整備
B灘文化軸の整備
C新港突堤東地区の再開発
D生田川河川縁地軸の整備
E歴史的地区再生プログラム

図
市章山からみた神戸の市街地
第3節 東部市街地復興計画
■東部復興プロジェクト
@東部副都心軸の整備
A住吉川河川縁地軸の整備
Bなぎさ海道(臨海緑地軸)の整備
C酒を生かすまちづくりの推進
D大学のあるまちづくりの推進

第4節 西部市街地復興計画
■西部復興プロジェクト
@西部副都心軸の整備
A湊川公園・新開血周辺の整備
B新湊川河川緑地軸の整備
C妙法寺川河川縁地軸の整備
D地下鉄海岸線にあわせたまちづくりの推進
E「くつのまち・ながた」構想の推進
F国際ボランティア文化交流センターの整備

第5章 シンボルプロジェクト

■17のシンボルプロジェクト
@市民のすまい再建プラン
A安全で快適な市街地の形成
B21世紀に向けた福祉のまちづくり
C安心ネットワーク
D東部新都心計画
E神戸起業ゾーン整備構想
F中国・アジア交流ゾーン構想
G21世紀のアジアのマザーポートづくり
H国際性、近代性などの特色を生かした神戸文化の振興
I多重性のある交通ネットワークの形成
J次世代の情報通信研究のための基盤整備〔KIMEC構想の推進〕
K地域防災拠点の形成
L水とみどりの都市づくり
M海につながる都心シンボルゾーンの整備
N災害に強いライフラインの整備
O災害文化の継承
P災害科学博物館及び20世紀博物館群構想の推進

第6章 実現に向けて(略)

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