195号表紙

No.195(平成1年1月)

特集:

灘の酒

古くて新しいまち"上灘三郷"

山田錦 −酒米の王座に君臨−
灘の酒米として知られる山田錦は、六甲山脈北側の加東・美嚢地区の谷あい地帯で生産される。これら谷あい地帯は、瀬戸内側の暖気が六甲山によって遮られ、昼夜の温度差が十度以上の、いわゆる内陸的気候を呈し、山田錦にとって最適の気象条件である。さらにこの一帯は、米粒が育つのに重要な要素となるカリウム、カルシウム、マグネシウムを多く含んだ凝灰岩(ぎょうかいがん)から成っており、しかも田畑の多くは段々畑で、水はけが非常によいのもプラスである。
山田錦は昭和十一年に命名されて以来、これに勝る品種は出ておらず、心白米の王座に君臨している。その理由として、まず品質においては、@米粒が大きく、表皮は薄く、精米しやすい。A米粒にねばりがあり、精米中のくだけが少ない。B心白が大きく、淡白な甘味と旨味(うまみ)を感じさせる良質の麹(こうじ)ができる。C蛋白含有量が少なく、すっきりとした酒質が得られる―などが挙げられる。
また、流通面では村米制度といわれる、生産地と実需者である酒造家との結びつきによって、安定した生産及び供給が可能になったことが大きい。村米制度は、御影郷の嘉納治郎右衛門、泉仙介らが明治二十四、五年(一八九一、二)ごろから、加東郡米田村上久米部落との間で酒米の取引きをしたのが始まりである。
宮水の発見 −山邑太左衛門−
今から百四十年余り前の天保十一年ごろ、西宮と魚崎で酒造りをしていた六代目山邑(やまむら)太左衛門は、ある時、ふと魚崎蔵で造る酒と西宮蔵で造る酒とに、微妙な味の違いがあることに気付いた。
そこで、同じ原料米を二等分して造らせてみたり、杜氏を交替させたりしたが、好ましいと思う酒は西宮蔵に限られた。
「水だ!西宮の水と魚崎の水に違いがあるのだ!」。
とはいえ、西宮から魚崎まで水を運ぶとなると、大変な費用と手間がかかる。一仕込み分でも牛車六台分が必要であった。それでも疑問を解決しないと気のすまない太左衛門は、多額の費用を使って自ら試験醸造を敢行、結果は彼の思いどおりの、しっかりした味の良い酒が魚崎蔵でもできたのである。
このようにして、西宮の水が卓越した酒造用水であることが発見されると、灘五郷の酒造家は競って「宮水」を使うようになり、灘酒は天下に名声をとどろかせることとなった。また、酒造家以外にも、宮水地帯に井戸を持つ民家もあり、彼らは井戸を持たない酒造家に水を売るようになったが、これを「水屋」といい、灘にだけ存在した珍しい商売であった。
むし米
誠実・勤勉 −丹波杜氏−
灘に多い丹波杜氏には多紀郡の人が多いが、丹波杜氏の名をこれほど有名にした秘密は、一口にいえば丹波人特有の誠実さ、勤勉さに尽きるだろう。
酒造りは「仕舞い半分」といわれるほど、造り仕事に続く片付け仕事が大切であり、片付けがてきぱきと清潔に行われて初めて、造りがスムーズに進められる。自動化が現在ほど進められていなかった以前は、洗米、蒸し米、麹(こうじ)…などの製造作業工程が、早朝から深夜まで毎日続いた。麹造りなど、外は零度以下の時でも室内は二十七〜八度に達し、汗まみれの力仕事の連続であった。
このような状況下でも一貫して変わらない誠実、勤勉、そしてチームワーク。これこそ丹波杜氏が長年にわたって培った財産といってよい。ちなみに酒造工=蔵人とは、酒造に従事する季節従業員の総称で、その長が「おやじ」とも呼ばれる札氏である。彼は酒造りに入ると、まるで京都の酒神"松尾の神様"の代理的存在であり、ときには主人(経営者)の口出しも許さないほど権限は大きい。
丹波から灘まで、今のJR福知山線が開通するまでは、徒歩による六甲山越えが唯一の道であったが、現在は車で約二時間。カルチュア・ギャップもなく、一般農家の青年もすんなり酒造りにとけこんでいるという。
「秋晴れ」 −灘酒の特徴−
現在の灘には、五十四社の日本酒メーカーがあり、それぞれ独自の製造方法によって酒造りを行っており、従って製造量も異なっているのが特徴である。醸造についても、冬場の寒気を利用するものから、四季醸造といってほとんど年間を通じて酒造りをするのもあり多彩である。設備も、古い形式を踏襲したもの、最新の設備と方法を採用したもの、同一製造場で新旧を併せ持つものなど、幅広い規模と多様な製造方法がとられている。
こうして造られる灘酒は新酒の間、優れた香・味でもあるが、やや荒削りで、腰のしっかりしたキレのある酒質である。人間にたとえると、ちょうど発育盛りの青年のような感じで「男酒」とも呼ばれる。
しかし、このような新酒は、夏期の貯蔵熟成を経て一大変身をとげる。新酒の時に感じられた荒々しさが姿を消し、ふくいくとした香気が漂い、調和のとれたすっきりとしたキレとコクのある酒になる。
このように、秋になって香味が整い、円熟味を増すことを「秋晴れ」「秋上がり」と呼び、他には見られない灘酒の大きな特徴である。また、成分の面でも灘酒は、エキス分中に占める糖の比率が小さく、蛋白(たんぱく)質がアミノ酸まで分解しないペプチドの形で存在することが特徴で、これが熟成によって一層バランスがとれ、のどこしのよい灘の酒となるのである。
仕込み
圧搾
瓶詰
写真
独特の黒がわらが並ぶ灘の酒蔵地帯(魚崎郷)。灘の酒蔵は、東西に長く、窓を北向きにとった建物が多い。六甲おろしの自然の寒気をこの窓から取り入れ、蒸し米を冷やしたり、酒造りに利用するためである。
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