181号表紙

No.181(昭和62年11月)

特集:

市境を歩く(下)

市境を歩く(下)

市境を歩く

有野町から道場町へ入ろうとする子供たち。西宮との市境は手前からこの道を走っており、子供たちの所で左へ折れ曲がっている


表紙写真・北区有野町の有野台上空から有野台、有馬、六甲最高峰などを望む。有野台団地の前方が有馬温泉郷、さらにその右上の山頂に小さくパラボラアンテナの見えているのが六甲最高峰。また団地の左前方に見える岩場は有馬の白水峡。西宮との市境は団地と左の山との境を通って白水峡へ向かい、そこから六甲最高峰の一つ左のピーク(後鉢巻山)に向けて延びている

紅葉の有馬や六甲を越えて…

 北区道場町の平田から太陽と緑の道を西へたどり、有野町と西宮市の市境に出た。ここから市境はほぼ直角に南の山に折れ、やがて有野台の東側を通り、有馬町に入っている。市境というのは概して小高い山の連なりを通っていることが多いものだが、有野町と西宮市の最初の出合いも峠のような感じの所で、有野川の流域に沿って開けた南北に細長い有野町をほぼ一望に見渡すことができた。


合併時の六・九倍になった有野町の人口

 そこから西を見ると、神戸電鉄三田線と並行するような形で中国自動車道が走っている。その少し南の藤原台は昭和六十年から入居が始まっているが、しばらく見ないうちに新しい家が随分増えていた。有野町は、藤原台のほかに有野台、唐櫃台などの大きな団地を抱えていて人口の増加が著しく、昭和二十二年三月の神戸市合併時の人口が四、八〇七人、世帯数一、○七六であったものが、昭和六十二年十月現在では人口三二、九六二人、世帯数九、七四ニとなり、人口は約六・九倍、世帯数は約九・一倍と大きく変化している。
 市境をいったん離れ、県道神戸三田線に出て南下すると間もなく中国自動車道と交差する。ここから東へ自動車道沿いの道を五〜六分歩くと西宮北インターチェンジで、市境はインターチェンジの少し西側の道路を南北に横切っていた。再び県道を南下、田尾寺の少し南から東へ田んぼ道(太陽と緑の道)に入る。道はすぐ南へ折れて小高い山に入り、山の上にある牧場の牛舎横で西宮との市境と出合う。ここから道は市境と重なり、林の中を通って、東有野台の東南端まで続いている。以前からこの道を歩くのを楽しみにしていたが歩いてみると、人があまりいないせいか何となくさびれた感じだ。
 途中、有野台の手前で市境を東西に横切る市道有野藤原線の道路工事のため通行止めになっていたので、仮設道を通っていったん西宮側の阪神流通センターの方へ下り、工事箇所をう回して再び太陽と緑の道に戻った。


有野町
東有野台から有馬までに二度またいだ市境

中国自動車道の西宮北インターチェンジ付近。西宮との市境は写真左下の表示看板の所から道路を横切り、右側の法面へ上がっている。本線上の乗用車は宝塚、大阪方面へ向かっている。手前は神戸(有野町二郎)



西宮との市境付近にある牧場の牛舎。牛舎の裏を市境である太陽と緑の道が走っており、阪神流通センターと接している(有野町有野)

 有野台の南端を回り込むようにして西宮と接している東有野台の東南端に出、さらに舗装路を南へ下り県道山口住吉線に出て有馬町に入ったが、この付近は西宮との市境線が東へくびれ込んでいるため、有野台から有馬までのわずかな距離の間で二度も市境をまたいだことがおもしろかった。
 有馬町では、まず有馬から東へ延びる宝塚唐櫃線をたどり、有馬の文化村と呼ばれている小さな集落を見たあと、西宮と市境を接している十八丁橋を経て白水峡に出た。端宝寺公園を訪れた十一月三日は恒例の有馬大茶会が開かれていた。時折小雨のぱらつくあいにくの天気にもかかわらず着物姿の若いお嬢さんや家族連れなどでにぎわっており、だれもがしみじみとした表情で雨に打たれて一段と鮮やかさを増した紅葉を楽しんでいた。文化村は、大正時代に京都大学の建築科の教授が建てた十戸ほどの村で、当時としては建物もハイカラで、当初は京都大や大阪大の先生が多く住んだので"博士村"と呼ばれた時期もあったそうだ。しかし現在は常住しているのは四戸で、あとは別荘がわりに時たま利用されている家が数戸あるだけで往時の面影はあまりない。
 有馬から六甲山頂へやって来ると、市境は最高峰(九三一・三メートル)の下の一軒茶屋から二百メートルほどドライブウエーを西へ行った所にある後鉢巻山(うしろはちまきやま)(八九七・八メートル)の頂上を通って南の谷へ下っている。頂上といっても、ドライブウエーから五〜六分も登るともう頂上で、関西電力六甲無線局の大きな鉄塔が立っているので目印としては分かりやすい。この鉄塔の所で神戸と西宮と芦屋の三市境が接している。
 山頂から七曲りを下り、芦屋との市境が通っている土樋割(どびわり)へ出た。土樋割は、芦屋川支流の蛇谷(じゃだに)と住吉川の分水の峠で、昔、芦屋や打出の村人と住吉川下流の住吉、魚崎、田中、岡本などの村人がかんがい用の水争いをした名残の地名である。後鉢巻山から黒岩谷を下ってきた市境はこの土樋割を通り、すぐ南側の東おたふく山(六九七・〇メートル)の頂上を抜けて南下している。



市境上(有野町有野)から見た西宮の阪神流通センター


藤原台の新しい住宅街。自転車で陸橋を渡る子供たちの笑顔も明るい。左前方は有野台

思わず口笛でも吹きたくなった東おたふく山

 東おたふく山は、六甲山系では珍しい高原状の草山で全山が背の低いすすきや笹(ささ)で覆われ、大きく波のように起伏している姿はいかにも女性的で優しい。頂上からの眺望もよく、すそ野のゴルフ場の中を通って南下している市境線が手にとるように見える。ほおをなでる秋の風もまださわやかで、思わず口笛でも吹きたくなるような気分だった。
 ここから再び市境と離れ、いわゆる森林浴コースをたどって風吹岩に出た。途中で芦屋の荒地山(あれちやま)の頂上近くを市境が通っているということで横道にそれ足を延ばしてみたが、一汗かいた割には市境付近は木が生い茂っているだけで目印になるようなものはなかった。
 風吹岩は風通しのよい岩場ということでこの名が付いたのだろう。口ックガーデンと魚屋道(ととやみち)からの尾根が合するピークで市街地の展望が素晴らしい。この岩場の真南にくびれ込んでいるのが地獄谷で、ここは同じロックガーデンでも一般コースの中央稜とは全く別の顔を持った岩登りの道場である。ゲートロック、A・B懸垂岩、ピラーロックなどの岩場があり、休日などにはヘルメット姿の若者たちが厳しいトレーニングに励んでいる。
 芦屋との市境は、荒地山の頂上付近から口ックガーデンの入り口にある高座ノ滝を通ってその少し南まで下り、そこからこの地獄谷の中央部まで西北に折れ曲がって、再び南下、魚屋道の蛙岩(かえるいわ)をかすめて東灘区の市街地へ下っていた。


静かで印象的だった国道四三号線以南の市境

 魚屋道を市街地ヘ下り、森北町七丁目の山際の高台から、芦屋との市境の辺りを目で追いながら大阪湾を見たとたんにほっとした気分になった。海を見て自然に心がなごんだだけでなく、北から南へ山越えでやっとここまで来たという感じがあって余計そんな気分がしたのだろう。
 市街地の中の市境は、歩いてみると思ったより複雑だった。阪急電鉄神戸線を過ぎ山手幹線に出たが、この幹線は芦屋との市境線でぴたりと行き止まりになっていた。また、国道二号線の神戸側にある市境花壇もなかなかユニークだったが、阪神電鉄本線の北側の市境のすぐ西にある宝島池公園の花壇も、毎年行われる市の花壇コンクールで入賞する常連だけに見事だった。国道四三号線以南では、深江南町と芦屋市平田町の間の屋敷街の市境が、歩いていると山の手の住宅街に逆戻りしたような錯覚にとらわれたほど静かで印象的だった。
 いよいよ海である。急いで堤防に上がると、山上からは何度も目にした東部第四工区の建物が明るく広がって見える。市境はその東部第四工区と、東側の兵庫県が開発している芦屋浜のほぼ中間の海面を南に延びていた。


有野町・有馬町
  • 有野町の東有野台(写真左)と山との境を通っている太陽と緑の道。この道が西宮との市境で、左前方の小高い山のふもとに沿って延びている
  • 上空から有馬の温泉街を望む。写真左上付近の広く整地されている所は西宮市営墓園。その右やや上の黄色く光って見えるのが有馬の白水峡。西宮との市境は墓園とその手前の山の境を通って白水峡を抜け、六甲山頂付近へ延びている
  • 県道山口住吉線の西宮との市境。バスは有馬町から西宮市下山口を経て宝塚に向かう。前方は有馬町
有馬町
  • 有馬・湯泉神社の秋祭りで境内をねるみこし
  • 県道宝塚唐櫃線の十八丁橋。西宮との市境はこの橋の下を流れる十八丁川沿いに左から上がってきて、この道の左側を前方へ延びている
  • 有馬町の文化村。10戸程度の小さな集落で、大正時代に建てられ、当時は建物も八イカラで大学の先生が多く住んでいたことから"博士村"とも呼ばれたそうだが、今は常住者も少なく、往時の面影はあまりない
  • 魚屋道の有馬側の登り口
  • 有馬の鼓が滝
  • 恒例の有馬大茶会でにぎわう瑞宝寺公園。時折雨のぱらつくあいにくの天気だったが、着物姿の女性や家族連れらが引きも切らず訪れ、深まる秋を味わっていた

  • 六甲有馬ロープウエーの有馬駅

  • むき出しになった岩が異様な風景を展開する白水峽。右下から延びてきた西宮との市境は、写真中央のえん堤のほぼ真ん中を通って前方の山へ延びている。右が有馬町
有馬町・東灘区
  • 秋風にそよぐ六甲最高峰のすすき
  • 六甲最高峰下の一軒茶屋
  • 後鉢巻山の登り口(北区)から六甲最高峰を望む後鉢巻山の頂上から下りてきた芦屋との市境はドライブウエーを走る車の後ろ付近から左の谷へ折れて南へ下っている。六甲最高峰は東灘区

  • 本庄橋の近くに設けられた本庄橋跡の解説板。以前の本庄橋の石も据えられている

  • 六甲最高峰の碑
  • 魚屋道と住吉道の合流点近くにある住吉川上流の本庄橋。魚屋道は深江や青木の海産物を六甲越えで有馬の温泉街へ運ぶ最短距離の道として、古くから利用されたところからこの名で呼ばれるようになった。橋は十年ほど前まで石造りだったが、壊れたため木造に付け替えられた
  • 後鉢巻山の頂上に立つ関西電力六甲無線局の鉄塔。この鉄塔の所で神戸と芦屋と西宮の3市境が接している
  • 後鉢巻山北側のドライブウエー(県道明石神戸宝塚線)の西宮との市境
東灘区

  • 土樋割。市境は左の道標辺りから右(南)へ道路を横切っている。前方は芦屋。土樋割は、昔ここで芦屋側の村人と住吉川下流の住吉、魚崎、岡本などの村人がかんがい用の水争いをしたところからこの名が付いた

  • 東おたふく山のふもとにある雨が峠。右の小道をたどると東おたふく山、左へ行くと本庄橋に出る
  • 風吹岩。ロックガーデンと魚屋道からの尾根が合するピークで、ここからの市街地の展望は素晴らしい。風吹岩前方(南)が岩登りの道場・地獄谷で谷の中央部を芦屋との市境が通っている(東灘区)
  • ゴルフ場のコースの中を通っている芦屋との市境。写真手前の小さい石の杭が市境の目印で、ここから前方(北)の東おたふく山に向けて市境が延びている。左が神戸
  • 東おたふく山の頂上。芦屋との市境は写真手前から、すそ野のゴルフ場へ南下している。ハイカーが歩いている頂上は神戸

  • ヘルメット姿の若者たちが岩登りの厳しいトレーニングをしている地獄谷の岩場

  • 荒地山の南の岩梯子。右前方の谷を市境が走っている(芦屋市)

  • ロックガーデンの登山口にある高座ノ滝。滝の中央を芦屋との市境が通っている。左が神戸。ロックガーデンを岩登りのメッカとして名を高めた藤木九三氏の功績をたたえるレリーフ板が岩にはめ込んである

  • ロックガーデンの一般コースの中央稜近くの広場。ハイカーがよくえさをやるので多い時は十頭ぐらい野生のイノシシが集まってくる(東灘区)

  • 魚屋道の中腹にある蛙岩。登山道をふさぐように立ちはだかっている岩の姿はよく見ると蛙に似ている。
    芦屋との市境は岩の左をかすめて南へ延びている

  • 急カーブしている道のそばのお地蔵さん。この道が市境で左は芦屋、前方の車の走っている所で市境は左に折れている(森北町四丁目)

  • 東灘区森北町7丁目の高台から市街地と芦屋との市境を望む。前方やや右の海面に見えるのが東部第4工区で、市境はその左の海上を南へ延びている
  • 深江北町一丁目の宝島池公園の花壇。市の花壇コンクールで毎年入賞しているだけにやはり見事だった。芦屋との市境は公園の東側を南北に走っており、前方の大きな木の左側に見える阪神電鉄の高架をまたぎ、南へ延びている
  • マンホールの手前から石垣塀にかけて芦屋との市境が左右(南北)に通っている。手前が神戸(森北町7丁目)
  • 見晴らしのよい芦屋との市境の坂道、道の左側は芦屋(森北町7丁目)

  • 市境は、右のフェンスに沿って線路を横断している。阪急電車が走っているのは芦屋(森北町一丁目)

  • 甲南女子中・高校前。芦屋との市境は写真下方(東)からこの道に沿って正門前に至り、左のガードレールの先から左(南)の方へ折れている。右及び前方は神戸(森北町五丁目)
  • 市街地の中にある畑。手前の畑が神戸。細い道をはさんで北側にある畑は芦屋(深江北町一丁目)
  • 国道二号線の市境にある神戸の市境花壇。前方が神戸(森南町一丁目)
  • 芦屋との市境で行き止まりになっている山手幹線。前方が森北町一丁目

  • 宝島池公園の近くにある阪神電鉄のガード。ガード下の道を芦屋との市境が南北に通っている。左が芦屋(深江北町一丁目)

  • 軒を接して神戸と芦屋に分かれている二軒の家。この付近の市境は道路を通らず隣り合った家々の敷地境を走っている(本庄町一丁目)
  • 手前に係留されている船は神戸商船大学の新しい練習船「深江丸」(499トン)。10月20日に完成披露が行われたばかりの同大学3代目の練習船で自動、省力化や、データ処理システムなどの最新設備を整えている。前方左に見える船は、陸揚げされ保存されている初代進徳丸(深江南町5丁目)
  • 激しく車の行き交う国道四三号線。上を走る阪神高速道路の一番手前の支柱すぐ前方を芦屋との市境が横断している(深江南町一丁目)。手前は芦屋
  • 東部第4工区にある神戸市中央卸売市場東部市場(魚崎浜町)
  • 国道四三号線から南に延びる芦屋との市境。屋敷街の静かな通りで、山の手に逆戻りしたような錯覚にとらわれた。左が神戸(深江南町一丁目)
  • 東部第4工区にある県立東灘高校の通学路になっている深江大橋。正面に見える六甲の山並みが美しい(魚崎浜町)
  • 深江浜の市境上から海を望む。右側の東部第四工区の左の海面へ芦屋との市境が延びている


秋風にそよぐ東おたふく山のすすき。東おたふく山は六甲最高峰のすぐ南側にあるなだらかな高原状の山で、
全山が背の低い笹(ささ)やすすきで覆われ、その容姿はいかにも女性的で優しい。山の頂上を芦屋との市境が通っている。

ページトップへ