159号表紙

No.159(昭和60年12月)

特集:

神戸の街並み探訪(下)

近くに学校が多く、いつも若者でにぎわっている阪急岡本駅。周辺にはしゃれた店が急激に増え、若く華やいだ雰囲気を持つ街になってきた

生活文化を映す住宅地景観

神戸大学工学部建築学科講師 安田丑作(やすだちゅうさく)

住宅地景観は都市景観の基調をなすものであるが、住宅地の性格を反映してその表情は多彩である。六甲山の南麓にひらける既成市街地を行くと、変化に富む地形条件や地城形成の歴史にはぐくまれた特色ある住宅地景観に出会える。

岡本・本山

岡本・本山 大学街としての街並み

かつて〈岡本の梅林〉として知られたこの地が本格的に住宅地化しはじめるのは、阪急岡本駅や国鉄摂津本山駅の開設した大正末から昭和初期にかけてのことであった。それ以前にも岡本背後の山腹の二楽荘や住吉川東岸の久原邸のような豪荘な邸宅(いずれも今はない)がこの付近に見られたというが、隣接する御影や芦屋のようなお屋敷街を形成するには至らず、どちらかと言えば当時の中流階層向けの新興住宅地として発展してきたと言える。
 阪急岡本駅の北側には、こうした大正時代の分譲住宅地の簡素ではあるがまとまりのある街並みが残っている。さらに山裾から山腹へと広がるその後の住宅地の中の道路沿いにも変化のある街路景観が展開しているし、海への眺望もひらけていて楽しい。また、阪急電鉄に沿って東西に伸びる水道筋沿いには古い集落のたたずまいの残る街並みがところどころに見られる。
 保久良神社や岡本公園などの景観資源にも恵まれているが、甲南大学・神戸女子薬科大学・甲南女子大学などが地区環境を特色づけていることも見逃せない。この〈大学街〉としての性格が、山手幹線沿いのマンション立地や駅前の商業化などと相まって、この地の住宅地景観に新しい表情を与えつつあるように思える。

御影・住吉 森の中のお屋敷街

 六甲山系の丘陵端から住吉川沿いの扇状地にかけて広がるこの地城は、恵まれた自然環境と交通条件の充実を背景にしてわが国における本格的な住宅地開発と郊外居住の最初期の実践の場となったところである。明治の終わりから大正にかけて、この地の高燥で風光に恵まれた土地柄に着目して雑木林を切り拓いて移り住んだのは、大阪や神戸の財界人や素封家たちであったが、その後須磨や芦屋、夙川などにも同じ様な邸宅街が形成された。
 その中でもこの地の街並みは特に圧巻で〈森の中のお屋敷街〉の表現にふさわしい。個々の邸宅建築の質の高さや広大な庭の緑によっていることは言うまでもないが、それらに加えて御影石の巨石を積んだ擁壁や、あふれるばかりの生け垣や植込みなど敷際を彩どる構成要素がしっかりしていることも大きい。
 近年のマンション建設やミニ開発などでこの地の環境も大きく変わりつつあるが、それでも住宅地の中のあちこちで側溝の流水の音と緑に囲まれた閑静な小径に出会える。また、白鶴美術館や小原流芸術参考館、香雪美術館などの特色ある文化施設が街並みに融け込んでいるのも、この地区ならではのことと言えよう。

篠原から五毛 北から南へと変化する街並み

 阪急六甲から王子公園にかけての北方に広がるこの地域の景観は、阪急六甲と三宮を結ぶ2系統の市バスが東西に走る山麓線の南と北とでかなりちがっている。
 山麓線の南の住宅地は、斜面もゆるやかで大正末から昭和のはじめにかけての耕地整理や区画整理によって道路も比較的よく整っている。そのため戦前期までにほぼ市街化が完了していたが、戦災やその後の木賃アパートの建設などによって街並みは混乱している。ただ、ところどころに残る戦前の借家群や旧集落の道筋などに当時の雰囲気が感じられる。
 一方、山麓線の北側では、山が真近に迫っている上に谷が入り組んだ複雑な地形を反映して、南北だけでなく東西の坂道沿いにも変化に富んだ住宅地の街並みが展開している。護国神社や五毛天神などの樹林や山麓に点在する教育施設などもこの地の景観を特色づけているが、特に摩耶ケーブル駅下から南に伸びる桜並木に彩どられた街並みは印象深い。
 北から南へと下るにつれてつぎつぎとその表情を変えるこの地の住宅地の街並みは、神戸の街の景観的特色をよくあらわしている。

  • 写真阪急電鉄沿いの"水道筋"に残る古い集落のたたずまい(本山北町)
  • 写真細くくねった道(本山北町)
  • 写真鷲宮八幡神社の境内にそびえる「市民の木けやき」(本山北町)
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    高台に建つ神戸女子薬科大学と落ち着いた付近の住宅。大学の建物は遠くからもよく目につく(本山北町5丁目から望む)

    写真保久良山への道(本山北町)
  • 写真岡本6丁目の尾根上の新しい住宅地から見下ろした市街地の展望
  • 写真石垣の上から道路を覆うように立つ大木(岡本7丁目)
  • 写真優れた景観を形成している古い木造和風住宅。建物の落ち着いた色、形が豊富な緑とよくなじみ、しっとりとした雰囲気を醸し出している(本山北町6丁目)

御影・住吉

夢野・平野 都市型住宅とその街並み

 背後を六甲山系の菊水山と再度山、前方を会下山、大倉山などの小高い丘に囲まれたこの地は、新開地や湊川に近く有馬街道の入口にも位置するため比較的早くから市街化が進行したところである。特に、大正期から昭和にかけて臨海部の造船所を中心とした工業地帯の発展とともに勤労者用の住宅地として注目され、周囲の丘陵部には公園や学校施設なども整備された。
 戦災をまぬがれたところが多いため地区内の細い道路沿いには戦前からの特色ある街並みが今も見られる。山麓線の北部の住宅地には黒い板塀や門のつづく専用住宅の街並みが今もしっとりと落ち着いた雰囲気を醸し出している。山麓線の南側一帯には、下町的情緒にあふれた住商混合の市街地を形成しているが地区全体としての老朽化が進んでいる。
 地区内には、祇園神社、祥福寺などの景観資源もあるが、この地の景観の最も大きな特色は、都心に近接したかっての都市型住宅地としての街並みの多彩さであろう。

須磨 海に向かってひらける住宅地

 古くから景勝の地として知られた須磨が、高級住宅地として一躍注目を集めたのは、第一次大戦後のことであった。関西在住の財界人や当時の船成金の豪邸が丘陵部から海浜部にかけて相ついで建てられたためである。
 千森川の上流の離宮公園の周辺もその一つであるが、特に松並木の離宮道沿いの街並みと、西尾邸や室谷邸などの近代洋風住宅が当時の面影を伝えてくれる。その背後の小径沿いを歩くと和風住宅の連なるしっとりとした街並みにも出会える。
 国鉄須磨駅の北側の藤田ガーデンのある海岸段丘上には緑があふれているし、さらに丘陵部の山麓線沿いの桜並木も貴重な景観資源ではあるが、街並みとしてのまとまりにはやや欠ける。こうした住宅地の中にあって、須磨寺へ通じる参道沿いの街並みの雰囲気も楽しい。山が海に真近に迫るこの地の住宅地の街並みは海に向かって明るく開放的である。

ジェームズ山 計画的住宅地の街並み

 六甲山系の南の既成市街地からはやや離れるが、塩屋の丘陵地に展開するこの住宅地の街並みは特筆されてよい。
 昭和七年に英国人貿易商のアーネスト・ウィリアム・ジェームスが開発し、約六十軒の外国人専用の賃貸住宅を経営したのにはじまる。自然の丘陵地を造成してこのようなまとまった住宅団地を建設した例としては、芦屋の六麓荘(昭和三年)があるが、当時としては極めて新しい試みであったと言える。
 自然の地形を生かした道路パターンと建物配置、異国風の住宅群などが街並みの大きな特色になっている。住宅地の中心部に設けられたクラブハウスは現在でも在日外国人の親睦の場となっているし、隣接する井植邸(ジェームス邸)の建物はここでの街並みのシンボルである。
 近年、地区内の家屋に空家が目立ち周囲の環境も急激に変化してきており気になるところである。

 今回取りあげた住宅地の街並みには、かっての郊外住宅地であったものが多いが、今では周囲と融けあって一体となったに住宅市街地を形成しているものも見られる。また、逆に周囲と隔絶し孤立化しているものも少なくない。
 いずれにせよ、これらの街並みから最近の新しく開発された郊外の住宅団地とちがった成熟した住宅地のもつ落ち着きと生活文化を映した豊かさが感じられないであろうか。

  • 写真御影石の巨石を積んだ擁壁。明治の終わりに地ならし工事を施行し、そこから出土した花崗岩をふんだんに使用したといわれている(住吉本町1丁目)
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    住吉川の西岸近くの閑静な住宅地の一角にある住吉学園前の街路。明治の終わりから大正にかけて、住友家をはじめ関西財界の名士が相次いで住吉に邸宅を構えた際、社交クラブとして観音寺倶楽部を設立したのが今の住吉学園の地である。園内の涼しい木陰に、昭和十三年の大水害の惨禍を伝える"流石の碑"がある(住吉本町三丁目)

    写真香雪美術館前の静かな小道(御影町郡家)
  • 写真道路沿いの柿の木の下に立つ"柿の木地蔵"。昔、南部の酒蔵地帯と住吉川上流の水車小屋の間を酒米を積んで往復した人たちが交通の安全を祈ったといわれている(住吉山手三丁目)
  • 写真阪急御影駅北の緑のトンネル道(住吉山手4丁目)
  • 写真白鶴美術館への道。住吉川の水をひいたきれいな水路の水音が心地よい(住吉山手3丁目)
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  • 写真小原流芸術参考館横の静かな坂。この坂を下ると深田池に出る(鴨子ヶ原1丁目)

篠原・五毛

  • 写真一段高い六甲台の丘陵に建ち並ぶ神戸大学の学舎。その手前左手には地区のランドマークの一つ、六甲教会のチャペルが景観を引きしめている
  • 写真阪急六甲と三宮を結ぶ市バスが東西に走る灘区篠原の山麓線。住宅の家並みと街路樹がよく調和し、海に向けての眺望にも恵まれている
  • 写真五毛地区の代表的な景観道路になっている桜並木の道(五毛通)
  • 写真長峰台の急な坂道
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    五毛地区に残っている旧集落の家並み(国玉通)

    写真五毛天神の鳥居
  • 写真起伏に富んだ摩耶ケーブル前の東西道路(箕岡通)
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    摩耶山への登り口(箕岡通)

    写真神戸高校前バス停付近から南を望む。港の赤いクレーンが鮮やかに見える

夢野・平野

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    平野のほぼ中央を東西に通っている山麓線。街路樹のプラタナスが民家の屋根より高く茂り、東西の緑の軸を形成している

    写真この地区独特の細く蛇行した街路。自動車が入りにくく、その結果落ち着いた住宅地となっている(兵庫区梅元町)
  • 写真平野地区一帯は戦災にあわなかったため、大正から昭和初期に建てられた木造の長屋や、二軒連続のしっかりとした門付長屋があちこちに残っている。この水玉道路も自動車を締め出している(上祇園町)
  • 写真大きなクスノキが地区のランドマークになっている氷室町
  • 写真都由乃町の街並み。まとまった門付き長屋が多く落ち着いた住宅地である

須磨

  • 写真松並木の美しい須磨離宮道
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    旧西国街道筋には昔の面影を残す町家が今も見られる(須磨区天神町)

    写真須磨離宮道の北端に建つ室谷邸。道路をはさんで左の森は須磨離宮公園(離宮前町)
  • 写真須磨寺の山門(須磨寺町)
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    須磨寺参道に残る古い町家(須磨寺町

    写真桜の並木が美しい山麓線(須磨寺町)
  • 写真高い石垣の小道。山陽電鉄須磨駅北側は、かなり急な傾斜地であるため擁壁としての石垣が多く、独特の景観を形成している(関守町)

ジェームス山

  • 写真尖塔のある洋館と細い石段の道(垂水区塩屋町)
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    ジェームス山の中央部を通るアクセス道路。クラブハウス前の道路には歩行者用のコンクリートの橋が架けられており、同地区ヘアプロ一チする際のゲートとしての役割を果たしている

    写真主要な道路の交差部に設けられたロ−タリーとライオンの彫刻。巧みな道路装置の演出がみられる
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    クラブ施設のテニスコート

    写真高台の上に建つ井植記念館
  • 写真急な坂道の上に立つと、明石海峡を行き交う船が身近に見える
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    井植記念館の庭から舞子・淡路島方面を望む

    写真森の中に点在するジェームス山の洋風住宅
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秋の麻耶山(左手前は王子動物園の大観覧車)
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