158号表紙

No.158(昭和60年11月)

特集:

神戸の街並み探訪(上)

旧居留地の第一期造成時代につくられた歴史のある京町筋。現在は手入れの行き届いたフラワーポットなどが街路景観を一段と引き立てている

市民の共感をはぐくむ歴史景観

神戸大学工学部建築学科講師 安田 丑作(やすだ ちゅうさく)

神戸の都市景観をイメージするときに、大きく二つのタイプがあるように思える。ひとつは、山や海あるいは高層ビルの屋上などから眺めたときの大阪湾や六甲山系を背景に広がる市街地のパノラマとしての景観である。いまひとつは、特色のある通りや建築物あるいはその場所特有の雰囲気などを思い浮かべるときの街並みとしての景観である。
 前者は、たしかに絵葉書やポスターにもしばしば登場する神戸を代表する都市景観ではあるが、どちらかと言えば神戸にあまりなじみのない人向けの景観と言える。それに対して、後者はそれぞれの地域を訪れ実際にその場所に立ってはじめて身近に感じられ、味わうことの出来る景観である。
 この街並みとしての景観は、そこでの都市活動や市民生活を反映してさまざまな表情を見せるが、地形をはじめとする自然条件や地域形成の過程にも深くかかわっている。特に、長い時間の積み重ねのある歴史景観は、都市空間の中に市民のアイデンティティ(共感)をはぐくむためにも大切にしたい。神戸の歴史景観とその魅力をいくつかの街並みの中から探ってみよう。

旧居留地

旧居留地から栄町通、海岸通 近代神戸の原点

 現在の市役所の西南から大丸の南東の海岸通にかけての一部は、周知のように兵庫開港(一八六八年)にともなって外国人居留地が建設されたところである。現在でもその街区形態や地番名はほとんど変わっていないが、この居留地時代の街並みの面影を伝えるのは、唯一現存するノザワ本社の建物(当時の15番館)と、地区内の道路脇にわずかに残る地番標や門柱などだけである。しかし、この地区の歴史景観を特色づけているのは、これらの明治期の遺産だけではない。その後の大正から昭和初期にかけてのオフィス街の形成とそれを彩ってきた近代建築物の存在を見落としてはならない。戦災とそれに続く都市開発によって近年その数が急激に減ってきているものの、新しいオフィスビルの建ち並ぶ街並みに神戸の〈近代〉の息吹きを感じさせてくれる。京町筋に面する神戸市立博物館の建物は、そうした近代建築の一つである前東京銀行神戸支店の社屋を再生利用したものであるが、前面の歩道整備とも相まって地区景観を一層きわだたせ魅力あるものにしている。また、この地区は、昭和五十八年六月から神戸市都市景観条例に基づく都市景観形成地域に指定され、新しい建築物を地区景観にふさわしいものに誘導するための施策も講じられ始めている。ただその一方で、最近になって三井ビル、三菱銀行神戸支店などの近代建築の建替えが相次いで進められており、地区景観形成の上でも気になるところである。この旧居留地から西に伸びる栄町通と海岸通沿いにも、戦前からの海運会社や商社、銀行などのオフィスビルの重厚な街並みが展開している。いずれの場合も、大きくわん曲する道路が街並みに変化を与え、一層印象深いものにしているが、港との結びつきや地区の経済活動の弱体化にともなって地区景観も大きく変わりつつあるのが実情である。その中で栄町通と元町通にはさまれた一角の南京町が戦後の荒廃から最近復旧して新たなにぎわいをみせている。

  • 写真白く美しいオーダーの柱を持つ市立博物館。昭和10年建設の旧東京銀行神戸支店が歴史的環境保存のため転用された(京町)
  • 写真居留地時代の唯一の木造建築として現在も残っている浪花町15番館(現ノザワ本社)
  • 写真風格のある近代建築(明石町)
北野町、山本通地区 小径に薫る歴史景観

 昭和五十ニ年のNHKの連続ドラマを機にした異人館ブームを呼び、新たな観光地として注目を集めたこの地の街並みについては、多くの説明を要しないであろう。
 ただ、ここでの街並みの特色が、単に地区内に点在する異人館だけでなく、レンガ造りの内塀や敷地内外の豊かな緑、石垣や石段などからなる住宅地の街路景観にあることは特筆されてよい。表通りではなくむしろ住宅地の中の小径を歩くとき、この地の住文化と歴史景観に触れることが出来るとも言える。
 昭和五十四年十月に神戸市都市景観形成地域の第一号に指定されたのにつづいて翌五十五年四月には伝統的建造物群保存地区の選定も受けている。さらに、北野坂、異人館通り、北野径などの歩行者道や街灯などの整備や修景事業も進められてきたが、観光地化、商業地化の定着と、それにともなう地区環境の変化にどう対応するかについての課題は大きい。

県庁周辺と大倉山周辺 街角に息づく明治の西欧

 県庁周辺は、旧居留地や栄町通、海岸通と並んで近代洋風建築が比較的よく残っているところである。
 山手幹線は県庁のところで二手に分かれ、また合流するが、この南側の道路沿いには、官庁街特有の落着きのある街並みが見られる。ゆるやかに弓状に曲がるこの道を西からアプローチすると、正面に栄光教会の塔が見え、さらに南に目を転ずると、兵庫県公館のどっしりとした石造りの壁面がながめられるが、この街角の景観は特に圧巻である。県庁舎や県民会館のような高層建築の谷間にあって、この一角は、明治の日本が追い求めた西欧の都市空間イメージが見事に表現されている。フランスルネッサンス様式の流れをくむ華麗な兵庫県公館の建物は、周知のように兵庫県南庁舎を改造し再利用したものであるが、改修を機に戦災で失った正面のドーム状の屋根も復元され、一層華やかに再生されたのは喜ばしい。また、国鉄元町駅からこの県公館、県庁舎、相楽園さらには諏訪山公園に至る南北の緑豊かなつながりも興味深い。
 国鉄神戸駅から湊川神社を経て中央体育館、文化ホールさらには大倉山公園に至る神戸文化軸とその周辺にも特色ある街並みが展開している。湊川神社の西側の文化ホールに向かう道路は、みどりと彫刻の道にして整備されているが、東側の道も湊川神社の白壁塀がつづいていて美しい。この道を東に入ると、神戸地方裁判所と県警交通部(旧神戸市庁舎)の明治の建物が並んでいる。特に、神戸地方裁判所の赤レンガの建物は、湊川神社とともに地区のシンボルともなっていてその対比がおもしろい。この神戸駅から大倉山さらに国鉄南側の相栄地区を含めて本年三月、都市景観形成地域に指定された。

  • 写真大丸東通りの美しいタイル舗装
  • 写真明るい開放的な街並みを形成している、三宮と元町をつなぐ東西のオフィス・ショッピング道路
  • 写真都市空間の憩いのスペースになっている市役所北側の花時計前のガス灯も街路環境にアクセントをつける要素として見逃せない
  • 写真日曜日には道路上にテーブルやベンチが持ち出される大丸前の"オアシス道路"
  • 写真
    都心部の代表的な緑地である東遊園地の噴水
灘の酒蔵地区 酒づくりの街並み

 神戸で明治以前からつづく伝統的街並みと言えば、この魚崎・御影・西郷の棟折切妻の屋根に黒い焼羽目板と白壁の酒蔵群がまずあげられよう。この三つの郷はそれぞれ住吉川、石屋川、都賀川の川尻に開けてきたものであるが、西国街道(浜街道)沿いにも街並みの形成がみられる。このうち、魚崎郷は県指定文化財の山邑酒造の蔵や住宅もあり、もっとも街並みとしてのまとまりがある地区である。御影郷の街道沿いには酒蔵とともに樽屋、木箱屋など酒づくりに関連した町屋も見られ、酒蔵の間の狭い路地には往時の劣囲気が残っている。西郷は酒蔵の建物としての質は決して高くないが、レンガ造りの酒蔵などもあり変化に富んでいる。
 魚崎郷の菊正宗酒造記念館、西郷の沢の鶴資料館は酒づくりの歴史を知る上で貴重であるだけでなく、街並みへの配慮もうかがえる。また、酒蔵ではないが新在家にあるレンガ造りの工場(旧小泉製麻)の建物を再利用した六甲パインモールなども貴重な景観資源と言えよう。

 これまで見てきた神戸の歴史景観は、酒蔵地区の一部を除いていずれもそれほど古いものではない。また、特定の時代様式の建築がそろっている訳でもない。
 このような歴史景観を保全、継承していくためには、歴史的建築物の保全、再生などハードな対策とともに、歴史景観を地域環境形成の流れの中で理解することが大切であろう。

  • 写真休日のフラワーロード〜花と彫刻の道〜
  • 写真都心部を代表する道路として、神戸まつりのメインストリートでもあるフラワーロード。街路樹とともに、六甲の緑の山並みが美しい

海岸通・栄町通

  • 写真

    海岸通に面して、建物前に幅の広い緑地帯が設けられている神戸地方合同庁舎

    写真近代洋風建築が点在する浜手幹線の海岸通
  • 写真近代洋風建築が点在し、落ち着いた独自の街並みを形成している栄町通
  • 写真栄町通に面して立つ南京町の楼門
  • 写真黄色く色づいたイチョウの木の葉越しに見る神戸地方裁判所庁舎(明治37年建築)
  • 写真
    旧居留地、栄町通に隣接する南京町

大倉山周辺

  • 写真落ち着いた雰囲気を醸し出す湊川神社の白壁塀
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    神戸文化ホール横の緑道
  • 写真みどりと彫刻の道
  • 写真

    みどりと彫刻の道と神戸文化ホールのあじさいの壁画

    写真大倉山公園から東の市街地を望む
  • 写真新旧の建物が並ぶ中央図書館

県庁周辺

  • 写真

    だだ周囲の緑とよく調和した兵庫県公館(明治35年建築)だだだだだ

    写真花隈公園の石垣と黒塀の家
  • 写真県民会館の白い壁を背景に、美しいコントラストを見せる赤レンガの栄光教会(大正12年建築)。教会は二本の道路が鋭角に交差する街角にあり、前面の緑とともに美しいランドマークとして親しまれている
  • 写真大きな木の枝が道路を覆う相楽園東通線
  • 写真歴史を感じさせる柳並木の花隈線
  • 写真街路樹の緑が美しい県庁前の山手幹線
  • 写真北野らしさのあふれたファッショナブルな雰囲気を醸し出す異人館と坂道(北野町)

北野・山本通

  • 写真

    個性的な風格を感じさせるレンガ塀の小道(北野町)

    写真国指定重要文化財の「白い異人館」(北野町)
  • 写真国指定重要文化財の「風見鶏の館」(北野町)
  • 写真異人館と絵描きさん(山本通)
  • 写真教会で見かけた結婚式(山本通)
  • 写真新しい北野らしさをつくり出している異人館通り

酒蔵

  • 写真酒蔵の間の狭い路地が古い酒蔵地帯の雰囲気を今に伝えている(御影石町)
  • 写真静かな休日の酒蔵地帯。カンバスに向かう人たちがそこかしこに見られる(魚崎南町)
  • 写真レンガ造りの酒蔵(魚崎南町)
  • 写真酒桶と秋晴れに映える酒蔵の煙突(御影本町)
  • 写真酒蔵地帯の地蔵さん(御影本町)
  • 写真魚崎郷の景観を引き立てている松並木(魚崎南町)
写真
緑に囲まれて白く光る"みどりと彫刻の道"。神戸駅〜大倉山公園を結ぶ南北の神戸文化軸ゾーンとして訪れる人が多い(左の建物は私立中央体育館)
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