148号表紙

No.148(昭和60年1月)

特集:

神戸昭和史60年(中)

着実に歩んだ復興への道

 終戦。人口わずか38万人、戦前の3分の1に減った焼け野が原の神戸に、占領軍の兵士が進駐してきた。市内の主要施設はつぎつぎ接収された。戦後間もなく「赤いりんご」の歌の明るいメロディーが敗戦の町にあふれたが、国民の生活は暗く、外国の新聞は1千万人の餓死者が出るだろうと報じた。21年1月の調査によると、6大都市の給料生活者の家計費に占める食費の割合は約72%、文化費などはほとんどなく、ただ食べるのがやっとの生活で、家財道具や衣類をつぎつぎに売り払って生活費に当てる、いわゆるタケノコ生活が続いたのだった。
 このような廃虚と、虚脱と飢えのなかで、それでも神戸は、復興への道を着実に歩んで行った。
 25年。物資の不足は少しずつ緩和され、物価も下がってきた。夏ごろからの特需景気に加えて、10月21日、神戸にとって画期的な神戸国際港都建設法が公布された。わが国を代表する港都としての再興が約束されたのである。
 30年代に入ると、日本の経済は技術革新、高度成長の波に乗ってさらにめざましく進展した。31年、再び100万都市になった神戸は第11回国民体育大会を誘致、開催。翌32年、新しい市総合庁舎が三宮の
現在地に完成し、庁舎前のメインストリートにつくられた花時計は全国に紹介され、都市の美化運動を大いに刺激した。人びとの心にようやくゆとりが見られるようになったが、一方では、経済の成長とともに、新しい社会間題ー公害、交通事故、少年犯罪、過度のギャンブル熱などーへの関心も次第に高まっていった。

神戸昭和史年表
一昭和20年〜40年ー

昭和20年
8月 文部省、学徒動員解除を指令
9月 市庁舎を市立第一高女(現・楠高校・湊川中 学)と勧業館(現・兵庫区役所)に分散移転
米軍約1万7千名が上陸(第1次)し、神戸に進駐 在外将兵・一般邦人の帰還輸送開始 ヤミ市が出現
10月 小学生集団疎開引揚げ開始 第1回宝くじ
11月 戦後第1回の人口調査実施(神戸市の人口は37万8千人で、戦前最高の3分の1)青果および鮮魚介類の公定価格・配給統制を撤廃
神戸市復興本部を設置 神戸市物資活用協会設立、物資交換所が開設される
12月 武庫離宮(現・須磨離宮公園)神戸市に下賜(その後米軍用地に接収されたが、31年6月接収解除)
この年 主食は底をつき、豆カス・ヌカまでも配給される
昭和21年
1月 食糧の輸入第1船、フィリピンから小麦粉1千トンを積んで神戸に入港 公職追放令公布
2月 旧円を新円と引き換え 農地改革
4月 市立外事専門学校開校(24年2月、新制の神戸市外国語大学として発足)
神戸市民生活物資調達資金を設立、市が直接食料の買出しを始める
戦後初の総選挙行われる(婦人参政)
9月 そごう前広場に51軒の飲食店が移転(通称 ジャンジャン市場となる)
11月 垂水町が垂水区として独立し、市内7区となる
12月 電力キキンのため工場も家庭も午前7時から午後7時まで送電停止 元町にジュラルミン街できる
この年 市内戦災面積1,700町歩の約3分の1が野菜園と化す
神戸土曜合唱団結成
兵庫突堤基部接収解除(解除第1号)、その後順次解除され、昭和34年2月までに港湾施設の全面接収解除となる
昭和22年
3月 有馬町・有野村・山田村(兵庫区へ)伊川谷村・枦谷村・玉津村・平野村・神出村・岩岡村 (垂水区へ)を市に合併編入
4月 「緑の週間」として全国的に植樹運動始まる(以後毎年実施)
中学校を義務教育とする6・3制実施
国民学校初等科85校、小学校に改められる
第1回首長公選で市長に小寺謙吉当選
新憲法施行
PTA結成
5月 地方自治法施行(明治22年以来の府県制・市政・町村制廃止)
神戸港内の掃海終了
6月 天皇・皇后両陸下、戦災復興状況御視察のため御来神
8月 民間貿易再開
第1回ミス・コウベ選定
11月 神戸緑化協会を創設
赤い羽根募金始まる
昭和23年
3月 神戸市警察局発足(自治体警察となる)
神戸市消防局発足
4月 新制高等学校発足
神戸海上保安本部発足
8月 農業協同組合発足
10月 神戸市教育委員会委員選挙実施
昭和24年
2月 第1回市民大学講座開催
4月 単一為替レート(1ドル=360円)実施
5月 国立神戸大学発足
6月 国鉄神戸〜京都間に急行電車復活
7月 神戸証券取引所、立合いを再開
10月 鐘紡兵庫工場跡に神戸競輪場開設
11月 神戸市長に原口忠次郎当選
12月 青色申告制度発足
昭和25年
1月 満年齢の数え方実施
3月 神戸博(日本貿易産業博覧会)開催。
3/15〜6/25、王子・湊川両公園
4月 御影町・住吉村・魚崎町を合併し東灘区を新設、市内8区となる
山手オリエンタル・ホテル(元トーアホテル)全焼
6月 第1回5大市体育大会を神戸市で開催
朝鮮戦争始まる
7月 小学校の給食にパン食が加わり完全給食となる 市立諏訪山動物園再開
8月 川崎製鉄設立(川崎重工業から分離独立)
警察予備隊発足
9月 ジェーン台風(市内の被害 死者1・重軽傷17・家屋全半壊1,067)
10月 本山村・本庄村を合併、東灘区に編入
神戸国際港都建設法公布
国鉄、神戸〜東東間の夜間急行列車「銀河」運転開始
この年 短期大学発足
昭和26年
3月 須磨海浜公園開園 動物園、王子へ移転
4月 池長美術館が市立神戸美術館となる(池長孟氏コレクションを寄付)
神戸市が神戸港の港湾管理者となる
(7/1より港湾管理運営に関する業務開始)
「市政だより」創刊
マッカーサー元師解任
5月 畜犬抑留所を兵庫区菊水町に設置(27年以降狂犬病は絶滅)
7月 道場町・八多村・大沢村を合併、兵庫区に編入
8月 神戸フラワー・ソサエティ設立
9月 神戸市商店街連合会発足 民放ラジオ放送開始
10月 ルーズ台風(高潮被害発生)
11月 市内観光バス復活
この年 衣料品の生産が急増し豊富に出回るようになる
昭和27年
1月 瀬戸内海安全宣言式挙行
2月 玉津・岩岡町の簡易水道完成
3月 神戸港灘埠頭完工
4月 神戸放送(ラジオ関西)放送開始
対日講和条約発効、市内の進駐軍撤退始まる
5月 神戸商船大学開設 玉津療養所(現玉津病院)開所
6月 六甲山牧場オープン
8月 小野浜外人墓地、再度公園の外人墓地へ移転
9月 カナディアン・アカデミー開校
神戸PTA協議会結成
10月 第1回神戸市総合体育大会開催
第1回国際港湾会議、神戸で開催
11月 王子動物園で菊花展覧会を復活(28年から相楽園が常設会場となる)
神戸勤労会館完成(労働文化センターとして発足)
神戸市消防音楽隊発足
12月 戦後初の南米移民船、神戸を出港
この年 アメリカ総領事館など外国総領事館の再開・新設が31年ごろにかけて相次ぐ
昭和28年
2月 NHK、日本最初のテレビ放送開始
神戸外人クラブ再開
4月 阪神上水道引水トンネル完成し、長田・須磨・垂水・兵庫への送水はじまる
8月 民放テレビ発足
9月 市立中央市民病院、布引に移転
10月 市電、六甲口〜石屋川完成し石屋川線全線開通 市立児童文化会館完成
第7突堤西側竣工(東側は30年12月に、穀物サイロなどは35年4月完成)
この年 市内の名木推賞運動おこる
昭和29年
4月 国鉄新長田駅完成
第5回全国緑化大会(会場・垂水区小束山)で天皇・皇后両陛下が御植樹
イギリスの観光船力ロニヤ号(34,183トン)、戦後神戸に初入港 東灘市民病院開設
5月 神戸初の火災報知機設置
6月 イースト・キャンプ接収解除
7月 市町村自治体警察が廃止となり、兵庫県警察本部発足(神戸市警は特例により1年間存置)
海の女王選定 奥摩耶山荘(観光ホテル)完成
昭和30年
2月 神戸市民共済生活協同組合創立
3月 「神戸市騒音防止条例」制定(4月1日実施)
4月 市バス、六甲・摩耶登山バス運転開始
5月 摩耶ケーブルが運転を復活
6月 神戸市少年団結団式
7月 奥摩耶ロープウェイ営業運転開始
日本住宅公団発足
第1回神戸市民美術展開催
9月 ウエスト・キャンプ接収解除
電話、神戸〜東京間即時通話となる
10月 長尾村を合併、兵庫区に編入
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4月 フラワーセンター開設
5月 六甲山一帯、瀬戸内海国立公園に編入
神戸新聞会館完成
6月 本土・四国を結ぶ神戸〜淡路架橋の調査始まる
8月 表六甲ドライブウェイが全国最初の公共団体経営の有料道路として開通
10月 神戸国際会館完成 王子陸上競技場完成
第11回国民体育大会秋季大会、王子陸上競技場その他において開催。天皇・皇后両陛下御出席
この年 神戸市の人口再び100万人を突破
昭和32年
4月 市立六甲工業高校開校
花時計始動式
市の新総合庁舎完成 長田市民病院開設
下水道整備10カ年計画に着手
5月 須磨水族館オープン
8月 奥再度有料道路開通
10月 神戸・シアトル市が姉妹都市提携
12月 市立神戸婦人会館開設
この年 神戸の貿易額、輸出は戦前の73%、輸入は75%まで回復 山麓線(板宿〜長田)貫通
昭和33年
1月 六甲ハイツ接収解除
2月 淡河村・上淡河村を合併、兵庫区に編入
4月 売春防止法全面実施
5月 淀川の水を垂水・舞子地区に送る西部送水トンネル完成
東部海岸防潮堤完成(東灘区傍示川〜石屋川6.7キロ)
9月 80歳以上のお年寄りに初の養老年金をおくる(以後毎年実施)
神戸高速鉄道(株)発足
10月 市立伝染病院・衛生研究所完成
11月 兵庫区役所庁舎完成 中部下水処理場完成
神戸〜東京間に国鉄ビジネス特急「こだま」運転開始
12月 主婦の店ダイエー三宮に進出
この年 神戸青年会議所発足
東灘区鴨子ケ原団地完成
1万円札発行
昭和34年
4月 市立高等看護学院完成
5月 丸山学園開校
6月 冷房観光バス関西初登場 第8西突堤完成
9月 総合区庁舎として灘区役所竣工
12月 個人タクシー免許
この年 駒ケ林の左義長、この年を最後として中止される
昭和35年
5月 傾斜地条例施行 訪問教師制度創設
7月 市立須磨ヨットハーバー開放(ヨット100隻収容)
舞子ゴルフ場(神戸国際カントリー倶楽部)開場
葺合・兵庫区の新設下水道使用開始
9月 カラーテレビ放送開始
11月 市営競輪廃止
昭和36年
1月 国民健康保険制度発足
4月 小学校新1年教科書無償
鶴甲地下ベルトコンベヤー起動
6月 ハッサム邸が重要文化財に指定され、相楽園への移築工事開始(38年10月完工)
7月 長田港開港 マルセイユ市と姉妹都市提携
9月 第2室戸台風(市内の被災1万4千余戸)
垂水区新庁舎完成
12月 シアトル貿易事務所開設
この年 神戸中央合唱団が全日本コンクールで第1位を獲得
昭和37年
3月 長田区総合庁舎完成
4月 灘神戸生協発足(灘生協と神戸生協が合併)
中突堤船客待合所完成
5月 阪神高速道路公団発足
神戸市コレラ防疫対策本部を設置
7月 裏六甲有料道路開通
8月 「市長に手紙を出す旬間」を開設
10月 摩耶埠頭一部使用開始 交通公園完成
重度心身障害者福祉年金制度実施
11月 国民宿舎須磨荘オープン
12月 住吉川の河中道路完成
この年 神戸港の名物であった川崎重工のガントリークレーン(大正元年建設)撤去
昭和38年
1月 第2阪神国道開通
4月 神戸国際港湾博物館(中突堤)開館
7月 長田〜淡路間フェリーボート開設
8月 税関線の愛称「フラワーロード」に決まる
東遊園地に大噴水完成(神戸青年会議所が市に協力)
10月 相楽園会館完成
11月 第7回日米市長・商工会議所会頭会議、神戸で開催 ポートタワー完成
昭和39年
1月 須磨ベルトコンベヤー(高倉山〜一ノ谷海岸)完成、作業を開始
生田区総合庁舎完成 六甲山人エスキー場オープン
2月 市立森林植物園の放養場にニホンカモシカ(特別天然記念物)を放つ
3月 太山寺本堂(30年に国宝指定)解体復元される ニューポートホテル開業
6月 瀬戸内海総合開発懇談会を「くれない丸」船上で開く
兵庫県新庁舎完工
7月 和田岬灯台、永久保存のため須磨海浜公園へ移転完成 ジャンジャン市場撤去
8月 オリエンタルホテル新館完成
10月 国鉄東海道新幹線開業 東京オリンピック大会開催 神明国道のバイパス(有料道路)完成
この年 桜が丘銅鐸発掘
昭和40年
1月 全国沿岸荷役協会神戸支部、荷役の日曜休日制を実施
2月 国鉄鷹取〜西明石複々線工事完工(46ヵ所の踏切りがなくなる)
4月 須磨離宮公園公開
5月 神戸市中小企業センター設置 神戸木エセンター設立
6月 阪神間の海水浴場廃止(須磨が阪神間唯一の海水浴場となる) 最後の南米移住船出航
7月 名神高速道路全通
9月 台風23・24号高潮被害
10月 さんちかタウン開業・神戸交通センタービル完成 市立中央体育館開館 葺合区総合庁舎完成
兵庫第3突堤竣工
11月 神戸市総合基本計画(マスタープラン)策定
神戸デパート完成
この年 神戸の鹿島郁夫青年、日本人として初のヨット大西洋横断に成功しニューヨークに着く
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