125号表紙

No.125(昭和58年2月)

特集:

アカデミック神戸

アカデミック神戸 旧キャサリン邸を改装した神戸女子大・同短大のセミナーハウス(中央区山本通2丁目)
 

市民とともにある大学 −その過去と現在と未来−
神戸市立看護短期大学長 河合慎吾 

(1)神戸の大学地図

 一九八三年三月現在、神戸市内にある大学は、四年制十三校。その内訳は、国立二校(神戸大学、神戸商船大学)。公立二校(県立商科大学、市立外国語大学)。私立九校(甲南大学ほか八校、このうち女子大が六校)である。短期大学は、十校。昨年と一昨年相ついで新設された国立神戸大学医療技術短大と市立神戸看護短大を除いては、すべて私立の女子短大である。
 その歴史をさかのぼれば、一九〇二年(明治三十五年)、東京の官立第一高等商業学校に続く第二の官立高商として、大阪とのきびしい誘致合戦の末、神戸での設置をかちとって以来の八十年の歴史と伝統を誇る神戸大学経済学部のようなものもあれば、同じ神戸大学のなかでも、前記のように昨年発足した医療技術短大もある。
 いや、一校の歴史ということになれば、同じく神戸大学教育学部の前身ともいうべき、神戸師範学校が設立されたのは一八七七年(明治十年)であるから、百年以上の歴史をもつということになろう。このような見地に立てば、私学の場合も、戦前から旧制高校ないし高等専門学校として長い伝統をもつものもあり、また一九六〇年代以後の急激な経済成長と進学熱の高まりによって、一斉に発足したように見える各大学にも、それぞれ長い歴史と伝統をもつ母体があることがわかる。それには、国際港都らしく、多くのミッションあり、仏教思想を基本理念とするものあり、独特の教育理想によって設立された旧制高校あり、その多彩さが、神戸の大学地図の一つの特質といえるかもしれない。
 その他、カナディアン、マリスト、中華同文学校などの外国人学校の存在が、この神戸の大学地図をさらにユニークなものにしていることも興味深い。

(2)神戸の大学の特質

 それぞれ豊かな学風と伝統を誇る神戸の二十三の大学について、強いて共通の特質ともいうべきものを求めるとすれば、「市民とともにある大学」「地域と世界に対して開かれた大学」ということになるのではないかと思う。
 今や、八学部のすべてに大学院をもつ総合大学となった神戸大学にも、それぞれの母体の特質を生かしつつ、神戸高商以来のよき意味の"実学"の精神は生きているようであるし、多くの海外からの留学生を受けいれながら、地元大学として地城社会への貢献、つながりの努力は、それなりに強いようである。たとえば、一九四七年(昭和二十二年)国立初の夜間大学として、神戸経済大学に第二学部が設置された伝統は、今も生き続けているというべきではないか。
 その他、「市民の保健水準の向上に寄与」することを、建学の精神にうたっている市立看護短大のようなものもあるが、たとえ積極的に、このことを標ぼうしないまでも、各大学が、それぞれの地城で、それぞれの市民に愛され、地城とともに育っていることに、間違いはあるまい。
 かって、神戸市婦人団体協議会の土井芳子会長は「中央市民病院と市立看護短大は、市民への最良の贈物である」『婦人神戸』)といわれたが、これはある意味では、一看護短大の問題にとどまらず、これから神戸の大学の在り方の一つの方向を示すものであるかもしれないと思う。これは今、アメリカで大学のアカウンタビリティ(社会的責任)が流行語にまでなっているといわれるとき、注目に値するのではないか。

(3)神戸の大学の未来

 もしこのような特質が、神戸の大学一般に見られるとすれば、これは、これからの日本の大学像を考えるうえに、極めて恵まれたものといえよう。これは、戦前、神戸には旧制大学としては、神戸商業大学一校しかなかったこと、新制大学三十余年の歩みの方が、旧学制時代の歴史より長くなって来たこと、それに何よりも開放的な神戸の市民気質によってもたらされたものであろう。今や、大学もまた、社会とともに変わらねばならないとき、この神戸のもつ伝統と歴史の教訓は、大いに生かされねばなるまい。
 アメリカの社会学者マルチン・トロウによれば、「高等教育を受けている人数が、その年齢の人口のうち十五%を超えるようになると、高等教育はエリート段階から、マス段階に移行する」という。
 この計算をあてはめるまでもなく、現在のわが国の大学がかっての一握りのエリートを養成するための"象牙の塔"ではなくして、広く市民に開放された教育と研究の場としての性格を、強くして来ねばならないことは当然であろう。
 神戸の大学が、それぞれの特性を生かし、ときには地元のテレビを利用して、公開講座の類を企画し、あるいは地域の問題の解決のために、それぞれの努力を払っていることは周知のとおりである。生涯教育、リカレント教育の必要が、いわれているとき、このことは注目しておかねばなるまい。そしてこれらの開かれた大学への努力が、市が主催する神戸婦人大学、老眼大学、ファッション市民大学などとともに、市民の教育要求にこたえている点は大いに評価されよう。

(4)神戸研究学園都市の建設計画

 神戸の大学の将来を語るとき、「神戸研究学園都市」の問題を逸することはできまい。
 イギリスの新しい大学都市サセックス大学の元副学長フルトン卿は、イギリスの大学の歴史を地質学にいう地層に例えて、中世に創立されたオックスフォードやケンブリッジ。その上に、都市にできた公立大学としてのロンドン大学やウェールズ大学。さらに産業革命とともに発展して来た地方の都市大学としてのマンチェスター大学など。そして最上層に戦後の高等教育改革によって創設された七つの新大学サセックス、ケントなどをあげているが、研究学園都市とは、まさに、この"新大学"の構想に凖ずるものでなければなるまいと思う。
 つまり、それは、昔ながらの講座制がしかれ、主任教授の権威のもとに、一切の運営がはかられる古い大学の在り方に対する反省から出発したものであり、ここでは大学は、学問研究の場であるとともに、生活の場であり、教師も学生も"市民"として勉学研究に励むとともに、食べ、飲み、語り、憩い、眠る生活の場でなければなるまい。
 この"市民"とともに、いや自ら"市民"として、という一点によって、研究学園都市は、かつてのような、"栄華の巷(ちまた)低く見て"、何処かの丘にそそり立つことを理想とした古い"象牙の塔"的アカデミズムとは、明らかに異質のものでなければなるまいと思う。
 神戸研究学園都市がその基本計画に「地域主義の指向」「生涯教育への接近」、「国際性の追求」を基本方針としてうたうとともに、教師・研究者・学生が、ともに自由に活動できる"巷"を備えた研究学園都市をめざすとしている所以(ゆえん)であろう。
 これはいうべくして、行い難いことかもしれない。しかし、神戸はこれまでも、多くの面で先進的な役割を果たして来た都市である。灘神戸生協やダイエーのようなスーパーも神戸から生まれ育ち、「市民の福祉を守る条例」、「市民のくらしを守る条例」も、神戸がつくって、全国的にひろがったという。(『花時計からの報告』一九七九年版)。幸い神戸研究学園部市は、立地条件にも恵まれているので、ここに地域性と国際性をかねそなえた、市民の生涯教育のための、市民とともにある神戸アカデミズムの一拠点の形成を望むことも、あながち夢ではあるまい。
 研究学園都市が、従来からの文教地区(岡本、六甲台、星陵台)と相まって、"アカデミック神戸"の内容がさらに充実することを期待したい。

岡本周辺

  • 写真神戸女子薬大前の急な坂道
  • 写真

    校庭の池に映える校舎。第1回神戸市建築文化賞受賞(甲南女子大、同短大)

    写真登下校はスクールバスで。国鉄摂津本山駅付近と大学・短大間を運行している(甲南女子学園)
  • 写真神戸女子薬大の薬品物理化学実習
  • 写真甲南大の受験生でごった返す岡本の商店街
  • 写真時計塔のある甲南大体育館
  • 写真広々とした神戸商船大の構内。手前の船は同大学練習船「深江丸」
  • 写真学生のまち・岡本を象徴する阪急岡本駅前

六甲台周辺

  • 写真

    六甲山ろく一帯の文教地区(六甲台)を望む。左側に松蔭女子学院大、右側に神戸大が見える。市内にはこのほか岡本周辺、星陵台周辺が文教地区に指定されている

    写真高台に建つ神戸外大図書館
  • 写真起伏の多い神戸外大前の道
  • 写真コンピュータ操作のトラクターの試作機を実験する神戸大農学部の学生(同学部内)
  • 写真登校を急ぐ学生(六甲台)
  • 写真シックなレンガ色の壁面に統一された松蔭女子学院大・同短大
  • 写真明治37年建設の旧関西学院チャペル。南側通路の石垣に「関西学院発祥之地」と彫られている(灘区王子町3)関西学院の創立は明治19年。その10年ほど前、諏訪山のふもとに現在の神戸女学院の母体となった「神戸ホーム」が創立されたが、今は何も残っていない。神戸ホームは明治27年、神戸女学院と改称された。関西学院は昭和4年、神戸女学院は同8年神戸市から西宮市へ移転した。
  • 写真礼拝堂の前でシスターと談笑する学生(神戸海星女子学院大)
  • 写真レンガ色の落ち着いた雰囲気をもつ親和女子大学付属図書館。第2回神戸市建築文化凖賞を受賞した。
  • 写真落ち着いた雰囲気の神戸山手女子短大三号館
  • 写真市立看護短大生の実習
  • 写真

    日ざしに映える市立看護短大

    写真市立看護短大の図書室
  • 写真回教寺院と並んで立つ神戸女子短大図書館

星陵台周辺

  • 写真校舎の上に十字架の見える八代学院大
  • 写真朝もやの中を登校する神戸女子大生
  • 写真星陵台の住宅街と学校。森の向こうに左から神戸商大、星陵高校、県立神戸商高が並んで見える(星陵台文教地区)
  • 写真

    神戸工専の機械工作実習。東は伊丹、西は網干、北は三田方面から通っている学生もいる

    写真

    神戸工専横の舞子台の坂道。住宅街の先に青い海が広がり、その端に明石の市街地が見える

    写真第2神明大蔵谷インターチェンジから見た神戸学院大の校舎群
  • 写真

    神戸商大情報処理教育センターでのTSS方式によるコンピュータ実習

    写真車の行き来のはげしい神戸商大前
  • 写真並んで建つ神戸商大と星陵高校の間には低い石段があるだけで塀もなく、自由に行き来ができる。建物は星陵高校
  • 写真神戸大学留学生会館(中央区港島中町)の炊事室で夕食をとる仲良しグループ。自炊した食事を持ち寄ってその日の出来事などを話し合う。左からヨーシューポイさん(マレーシア、神戸大学経営学部)ラオ・エン・ブンさん(シンガポール、同工学部)ウォン・ペン・フェンさん(マレーシア、同経営学部)

外国人学校

  • 写真第2休憩時間に校庭で憩う学生(カナディアン・アカデミィ)
  • 写真

    カナディアン・アカデミィの陶芸教室

    写真長峰台の急な坂道
  • 写真神戸中華同文学校の正門
  • 写真マリスト国際学校の正門
  • 写真日本語教室でのカルタ取り。後ろに習字の時間の作品が張ってある(マリスト国際学校)

神戸研究学園都市

 「人間都市神戸」の知的文化の核として、西神地域に整備を進めている神戸研究学園都市は、第一に高度な知識と情報のセンター、第二に国際港湾都市神戸にふさわしい人材の育成、第三に文化芸術活動についての研究・教育・創作の場とする―などを目的とし、研究学園施設と住宅と都市施設を適度なバランスをもって配置し、魅力ある都市空間を形成する。現在誘致が決まっているのは神戸市外国語大学、生活文化産業大学(仮称)である。なお、昭和60年春をめどに現在の市営地下鉄は名谷から同学園都市まで延伸される予定。計画面積380ha、人口2万人(約5千戸)。

市民大学

  • 写真神戸婦人大学の卒業前の3年生合同講義(婦人会館)
  • 写真講師の講義を熱心に聞く神戸市老眼大学のお年寄り。今年のテーマは「文化、歴史そして神戸」(神戸文化ホール小ホール)
  • 写真建設進む神戸研究学園都市
  • 写真市立神戸外大の新校舎模型。昭和60年4月に神戸研究学園都市に移転の予定で、国際関係学科の新設、学科目の拡充、日本語学課程の設置を三本柱として新しい施設配置計画を進めている
神戸の大学一覧
大学
大学名 所在地
甲南女子大学東灘区森北町
神戸女子薬科大学東灘区本山北町
神戸商船大学東灘区深江南町
甲南大学東灘区岡本
神戸市外国語大学灘区土山町
神戸大学灘区六甲台町
松蔭女子学院大学灘区篠原伯母野山町
神戸海星女子学院大学灘区青谷町
親和女子大学北区鈴蘭台北町
神戸女子大学須磨区東須磨青山
八代学院大学垂水区学が丘
神戸商科大学垂水区星陵台
神戸学院大学西区伊川谷町
大学
大学名 所在地
甲南女子短期大学東灘区森北町
頌栄短期大学東灘区御影山手
松蔭女子学院短期大学灘区篠原伯母野山町
神戸海星女子学院短期大学灘区青谷町
神戸市立看護短期大学中央区港島中町
神戸女子短期大学中央区中山手通
神戸山手女子短期大学中央区山本通
神戸学院女子短期大学兵庫区会下山町
神戸常盤短期大学長田区大谷町
神戸大学医療技術短期大学部須磨区友が丘
工業高等専門学校垂水区舞子台
市民大学
名称 内容
夏季大学一般教養(一般成人)
老眼大学一般教養(60歳以上)
婦人大学 自立する夫人の養成。地域福祉、婦人、消費生活学部
市民健康大学講座保健医療と各種疾病に関する知識普及
ファッション市民大学市民セミナー、アパレル専門、ケミカルシュ−ズの3コース
大学の公開市民講座
神戸大学、神戸商科大学、神戸外国語大学、甲南大学、神戸市立看護短期大学などで実施。
 
  • 写真神戸研究学園都市計画図
ページトップへ