109号表紙

No.109(昭和56年10月)

特集:

食品流通とせり人

くらしを支えるせり人の世界

 せり人の世界を追って、有名なりんごの産地長野へ行ってみた。朝の中央卸売市場に生きるあのせり人と、産地から産地へ東奔西走し、みずからの目で商品を引いてくるせり人が、神戸に居ただけではどうもぴったりしなかったからだ。
 生産地から家庭の台所までをするどく見つめるせり人を知るにつれ、その旅情と人情と熱情の男の世界がだんだんとひらけてきた。
 神戸中央卸売市場の青果のせり人・芳川義男さん(52)は9月16日、会社の出張で長野へ出かけた。午前6時52分西明石発の新幹線と、名古屋から中央本線の特急で長野へ、ここで普通に乗換え、三つほど北にある長野県豊野駅に着いたのは午後1時前だった。秋晴れの良い天気だった。
 腕時計を見ながら、芳川さんは"早いものだなぁ"と思う。朝神戸をたって、昼過ぎにはもう信州の有名なりんご産地に立っている自分が嘘(うそ)のように思えてくるのだ。もう何年前になるか、北陸まわりの夜行で来ていた頃はトンネルをいくつも通るので、鼻の穴がいつもまっ黒になった。駅で洗顔し、身だしなみを整えなければ農協へも行けなかった。そんな古い記憶があるので余計"便利になったものだ"と思うのである。
 午後2時から豊野町まるとりんご組合の出荷販売会議が始まる。芳川さんは、両手をひろげて深呼吸をすると、駅からさほど遠くない農協へ向かった。今回の3泊4日の出張は、長野市近郊の5つほどの農協で開かれる出荷販売会議に出席するほか、各農協管内の現地視察、長野全県の巨峰研究大会における出品審査会および新品種検討会の見学、懇談―などが主な仕事である。要するに、産地の新しい動向を知ることがその目的だ。

どんな所で、どんな人が

 中央卸売市場のせり人は、毎日送られてくる商品を単にせりにかけて売りさばくだけが仕事ではない。その前に、自分の扱う商品がどんな所で、どんな人が作っているか。ことしの作柄はどうか、生産のピークはいつごろか。また、品種の改良にどれほど力を入れているか―などを知っていないと、自分の扱う商品の把握はとても出来ない。有能なせり人ほど、その日一日だけでなく、翌日の商品の流れがどうなるか、あるいは一ヵ月後やシーズン毎の予測まで出来るといわれるが、それにはまず産地の動向を知り、その上で、少しでも消費者に喜ばれる商品を安定的に市場へ引いてくることである。
 芳川さんは、せり人になって20数年。今では大手卸売会社の果実部総括副部長の肩書を持つベテランだ。農協の巨峰部会長とぶどう園を見て回っていると、部会長が「ここのぶどうの甘さはどこにもひけはとらんけども、粒が少し小さくてねぇ。味だけでは勝負にならんのよ」と弱気そうにつぶやく。すると芳川さんは「最後の勝負はやっぱり味やからね。そこは長い目で…」と励ます。こんな簡単な言葉のやりとりにも、芳川さんと産地とのふれ合いの深さがわかる。

せり人の資格は試験で

 その帰り、ある農家に寄って巨峰の箱詰め作業を見せてもらった。朝方もいできた巨峰を手ごろな房に切りながら、一定の目方の箱詰めにする。簡単なようで実はかなりの経験と根を要する作業だ。なれない人がすると房もそろわないし、農協へ運ぶ間に箱の中がすごすごになってしまう。「1時間で何箱ぐらい出来ますか?」と芳川さん。「夫婦2人でがんばっても××箱です」とご主人。こうして芳川さんは産地の動向を一つ一つつかんでいく。芳川さんに限らずせり人は、このように荷主が朝早くから、照る日も降る日も丹精を込めて作った財産の中味をよく知った上でせりにかけ、無事に買手の手に渡し、そして荷主に無事に対価が支払われるまでを見守るのである。
 せり人は、市場法で決められたルールに基づいてせりをする。その意味ではスポーツのレフリーであり、せり人の仕事は小売業者や生産者に影響を与えるだけでなく、物価に響き、消費者の生活にも波及していく重要なジャッジである。したがって、身分はそれぞれの卸売会社の社員であるが、資格は卸売市場の開設者(市長)の認定が必要だ。これがなければいくら優秀な社員でもせり人になることは出来ない。普通、会社の業務畑に入社して3、4年すると会社が市へ申請し、市が実施する学課と実技の試験にパスして初めてせり人として登録される。この登録は3年ごとの更新で、不正行為に対するきびしい処分規定も条例で定められている。

市場内にひびくはやし声

 市場でのせりは、午前5時から同10時ごろまでの間に行われる。鮮度のうるさい魚や野菜が早く、果物は比較的遅い。しかしそれまでも、夜通し各地から運ばれてくる商品の荷さばきや、その中からせり場に並べる品種やサイズごとのサンプルを抜き出したりするので、午前1時、2時ごろから市場の人の動きはだんだん激しくなる。そして、せり開始の1時間ぐらい前になると、せり人や、せりに参加する仲卸業者が姿を見せ、サンプル商品の下見が始まる。プロとしての商品を見る確かな目を持っていないとこの仕事は出来ない。りんご箱の一番底の方のりんごを取り出して見ている業者もいる。せり人はせり人で、その日の入荷量や品質はもちろん、昨日の売れ行きや天気、産地の動向などあらゆる知識を総合しておよそのせり値を下見の段階で予測する。
 せり開始。せり人の張りのあるはやし声が場内に高く低くひびく。スピード感のある手ぶり、身ぶり。こうしてせり場の活気を盛り上げながら、しかも、仲卸業者が手ぬぐいや上衣のかげからこっそりと出す"手形"のサインを見落してはならない。一つのサンプルごとにするどい目がせり場を一巡し、最高値の番号に落していく。始めから終りまで活気を持続させながら、リズミカルに商品を売り切る。始めだけ活気があっても、中段ごろからだらけてしまうようなことがあれば、それはせり人の責任だ。

  • 長野市郊外へ向かう長野電鉄の車窓からりんご園を見る芳川さん長野市郊外へ向かう長野電鉄の車窓からりんご園を見る芳川さん
  • 農協訪問農協訪問。幹部だけでなく若い人たちとも丁寧にあいさつを交わす
  • 広大な山の斜面に植えられたりんごの苗木(夜間瀬)広大な山の斜面に植えられたりんごの苗木(夜間瀬)

許されないサインの見落し

 スピード感があって、しかもサインの見落しは許されない。口で言うのは簡単だが、実際は非常に難しい。しかし、もっと高値があるのにそれを見落したりすれば、折角ここまで育ててきた生産者に対して顔向けができなくなる。そんなことが度重なれば結局は安定した出荷が得られなくなり、消費者に迷惑をかけることにもなる。また、高値に落すのがせりの原則だが、なんでもかんでも高ければよいというわけではない。同じ高値に落すにしても、自分の予測を大きく上回るような値をつけた人には、ベテランせり人は"それでよいのか!"という風な気持ちで一瞬の間をおき、その上で落すようにする。たとえば、大きな結婚式があって、ある銘柄に限り金は少々かかってもよいから、というような注文が仲卸業者にある場合がある。そんなことも含めて、日ごろから仲卸業者のそれぞれの得意先や、その性格などもよく知っておかないと、瞬間的な判断はなかなか出来ることではない。

毎日が板ばさみの心境

 そして40分とか1時間とかのせりが終るころになると、せり人は汗びっしょりだ。せり台をおりてニコニコしているようなせり人など滅多にいない。みんな放心したように、高く積まれた商品のかげなどでゆっくりと体の汗をぬぐっている。男の仕事を終えたあとの、それこそ男らしい姿がそこにある。
 「なかなか浮いた気分にはなれんのです。仲卸さんや小売さんの立場からすれば、できるだけ安く買って商売がしやすいように願うのは当然です。高い値段だと結局は消費者にも食べてもらえなくなりますからね。しかし一方、生産者の立場を考えると、やはり高い値がつくに越したことはない。その苦労がわかるだけに、値が予想より下回った日は生産地へどう報告するか頭が痛いんです。毎日毎日が板ばさみの心境ですね」と、芳川さんはせりのあとの感想を語っている。

みんなから信頼される人間に

 芳川さんは毎朝4時半に起床、お茶を飲みながら10分か20分新聞に目を通し、5時20分になると何も食べずに家を出る。5時41分明石駅発の快速一番電車に乗り、兵庫駅から同僚たちとタクシーを相取りして6時5分ごろ会社に入る。果実の芳川さんでこの時間だから、鮮魚や野菜の人たちはもっと朝が早い。退社は、普通のせり人で午後の3時半ぐらい。芳川さんは社内の打合わせや、京阪神地区信州果実研究会の副会長をしたりしていろんな会議に出ることが多く、退社はたいてい5時半か6時ごろになる。晩酌はビール1本か日本酒2合程度、それでも、NHKテレビのニュースセンター9時までもたないことが多い。
 「若い人らにいつも言うのは、とにかくはよ寝ろ、睡眠を十分にとれ、ということです。それが出来る男はおのずとプロとしての自覚と責任を持つようになりますよ。私たちせり人の目標は、あのせり人に任せておけば大丈夫、あのせり人から買えば間違いはない、とみんなから信頼される人間になることですからね。私など一生かかっても出来るかどうかわかりませんが…」と芳川さんは明るく笑う。
 張りのある大きな声、いつもきちんとした身だしなみ、くずれない生活のリズム、こんな芳川さんを見ていると、この人の努力というより、むしろせり人という天職がこんな人にしてきたのではないか、という気がしてくる。神戸中央卸売市場のせり人は、本場が298人、東部市場120人、西部市場が7人。この人たちは、きょうも食品流通の担い手として市場の活気を支えている。

  • ことしのりんごの作柄について生産者に直接話を聞くことしのりんごの作柄について生産者に直接話を聞く
  • りんごの収穫をすませ家路につく主婦りんごの収穫をすませ家路につく主婦。ことしは作柄もよく足どりは軽い(長野市篠ノ井)
  • りんごを収穫する主婦りんごを収穫する主婦。まだ小さい子供も一緒に木に登って遊んでいる
  • 巨峰の箱詰め作業巨峰の箱詰め作業。夫婦水入らずで見た目はなごやかそうだが、経験と根のいる仕事だ。箱詰めがすむと農協へ運ばれる
  • 長野全県の巨峰研究大会での品評会で、出品された巨峰を見る芳川さ長野全県の巨峰研究大会での品評会で、出品された巨峰を見る芳川さん=手前(長野県上水内郡豊野町)
  • 選果機へりんごを運ぶ元気そうなおじいさん選果機へりんごを運ぶ元気そうなおじいさん
  • 農協の集荷所へぞくぞくと運び込まれるりんご農協の集荷所へぞくぞくと運び込まれるりんご
  • りんご生産地の貯蔵庫は年々整備され、夜間瀬農協でも計一〇万箱が貯蔵できる冷蔵庫が並んでいるりんご生産地の貯蔵庫は年々整備され、夜間瀬農協でも計一〇万箱が貯蔵できる冷蔵庫が並んでいる
  • コンピュータ付きのベルコン式選果機コンピュータ付きのベルコン式選果機。コンピュータと熟練した主婦たちの手と目でりんごの品種やサイズが素早く選別され、箱詰めにされていく。(夜間瀬農協)
  • 午前1時。長野県から中央卸売市場へ送られてきたネクタリンの荷おろし午前1時。長野県から中央卸売市場へ送られてきたネクタリンの荷おろし
  • 午前2時。冷凍トラックからボーン、ボーンと大きな音を立てて荷おろしされる冷凍マグロ。午前2時。冷凍トラックからボーン、ボーンと大きな音を立てて荷おろしされる冷凍マグロ。中央卸売市場ならではの壮観さだ
  • せり時間が近づくにつれ人の動きが激しくなるせり時間が近づくにつれ人の動きが激しくなる
    それぞれのせり場に積み上げられた魚の箱。せりの開始が刻々と近づいてくる
  • 美しく光る魚のせり場の床石美しく光る魚のせり場の床石。せり開始前の静けさがかえって緊張感をさそう
  • 午前4時の中央卸売市場午前4時の中央卸売市場
  • せり場に次々と運ばれてくる信州りんごせり場に次々と運ばれてくる信州りんご
    午前4時。せり人や仲卸業者によるせりの下見が始まった。この段階できょうのせり値の予測が立てられる午前4時。せり人や仲卸業者によるせりの下見が始まった。この段階できょうのせり値の予測が立てられる
  • りんごのせり風景りんごのせり風景。せり台に立った芳川さんはまるでオーケストラの指揮者のように、流れるように力強く、せりをリードしていく。一瞬の油断も許されない勝負の世界だ
  • 甘いかおりがただようメロンのせり場甘いかおりがただようメロンのせり場
  • 品種やサイズごとのサンプル商品が並んだりんごのせり場品種やサイズごとのサンプル商品が並んだりんごのせり場
    真剣なせり場の仲卸業者真剣なせり場の仲卸業者
  • 周囲の人にわからないように、それでいてせり人にはよくわかるように出す手形サイン周囲の人にわからないように、それでいてせり人にはよくわかるように出す手形サイン
  • せり場の活気を持続させながら、手形サインをのぞき込むように見るせり人せり場の活気を持続させながら、手形サインをのぞき込むように見るせり人
  • 奮闘!せり人奮闘!せり人
  • 仲卸店に並べられたりんご仲卸店に並べられたりんご。値段を見くらべ、品定めをした上で小売業者が次々と買っていく
  • 仲卸店に並べられたマグロの切身仲卸店に並べられたマグロの切身。一刻も早く売りさばくため、せり落しから解体までの作業は実に早い
  • 仲卸業者や小売業者のネコがはげしく行き交う市場内仲卸業者や小売業者のネコがはげしく行き交う市場内。騒然とした中で、意外とスムーズに荷が動いていく
  • せりのあとの引き取りを待つ野菜せりのあとの引き取りを待つ野菜
  • 仲卸店に並べられたマグロの切身
  • 高値続きのマッタケを前に、さすがに思い切りよく…というわけにはいかない高値続きのマッタケを前に、さすがに思い切りよく…というわけにはいかない
  • ぎっしりと商品で埋まった仲卸店ぎっしりと商品で埋まった仲卸店
  • 仲卸店の活気。朝の数時間が1日の勝負だ仲卸店の活気。朝の数時間が1日の勝負だ
  • 朝日をうけて、車の上で引き取りを待つ商品朝日をうけて、車の上で引き取りを待つ商品
  • 一刻を争って市場外へ運び出される商品。まもなく小売店や量販店で消費者にお目見えすることになる一刻を争って市場外へ運び出される商品。まもなく小売店や量販店で消費者にお目見えすることになる
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