104号表紙

No.104(昭和56年5月)

特集:

文学に見る須磨

文学にみる須磨
土田耕平の歌「須磨寺や龍華の橋をこえくれば冬小鳥なく松の木の間に」、に出てくる龍華橋。源平合戦にちなむ宝物にひかれてか、須磨寺を訪れる旅行者も多い

文学の散歩路須磨

  • 須磨寺への参道筋にあたる商店街には、昔のたたずまいをそのまま残した商店が何軒もある須磨寺への参道筋にあたる商店街には、昔のたたずまいをそのまま残した商店が何軒もある
  • 須磨の大池と須磨寺。昔はこの一帯は桜の名所として知られ、花見時には大変な人出でにぎわった須磨の大池と須磨寺。昔はこの一帯は桜の名所として知られ、花見時には大変な人出でにぎわった
  • 正岡子規の句碑「暁や白帆過ぎゆく蚊帳の外」(須磨寺桜樹院境内)正岡子規の句碑「暁や白帆過ぎゆく蚊帳の外」(須磨寺桜樹院境内)。明治の中頃、須磨に療養した子規はたびたび須磨寺を訪れている
  • 大井広の歌碑大井広の歌碑「明滅のひかりをおくる灯台はいづこにあらむ寂しき海はら」(須磨寺蓮生院玄関先)。筆跡は太田水穂
  • 須磨寺本堂の横手にある尾崎放哉の句碑須磨寺本堂の横手にある尾崎放哉の句碑「こんなよい月をひとりで見て寝る」。筆跡は放哉の師・荻原井泉水
  • 0000000数多くの歌や句に詠まれ、小説の舞台になった須磨寺の境内
須磨離宮公園へ通じる離宮道須磨離宮公園へ通じる離宮道。離宮公園一帯の高台はもと松林だったといわれ、今も松の木が多い
  • 離宮道の東側にある「松風村雨堂」(離宮前町1)離宮道の東側にある「松風村雨堂」(離宮前町1)。在原行平と松風・村雨姉妹のあでやかな物語は能楽、舞踊、演劇、川柳にまで取り入れられ人々に親しまれている
  • 大樹のかげにかくれるように立つ現光寺の表門(須磨寺町1)大樹のかげにかくれるように立つ現光寺の表門(須磨寺町1)。境内に有名な芭蕉の句碑がある
  • 離宮道から見おろす須磨の海離宮道から見おろす須磨の海。行きかう舟がのどかで美しい
  • 現光寺にある芭蕉の句碑「見渡せばながむれば見れば須磨の秋」現光寺にある芭蕉の句碑「見渡せばながむれば見れば須磨の秋」
  • 関守稲荷の境内にある源兼昌の歌碑関守稲荷の境内にある源兼昌の歌碑「あはちしま かよふちとりのなくこゑにいくよねさめぬ すまのせきもり」(関守町1)
  • 須磨の関守が住んでいたところと言われる関守町一帯の坂道須磨の関守が住んでいたところと言われる関守町一帯の坂道。高い石垣、美しい緑、折れ曲った小道を歩いていると、ひょっこりと関守さんか現われそうな気がしてくる
  • 多くの文学のなかに今もうつくしく生きているたそがれの須磨海岸多くの文学のなかに今もうつくしく生きているたそがれの須磨海岸。鉢伏山、鉄拐山の山並みが切り立つように迫って見える
  • 太陽が山の向こうに落ちはじめると、甘いムードが海岸にたちこめてくる太陽が山の向こうに落ちはじめると、甘いムードが海岸にたちこめてくる
  • 長年の養浜事業で広くなった海岸長年の養浜事業で広くなった海岸。鉢伏の山裾がなだらかに海岸線へ下りたその向こうに、淡路島が静かに横たわって見える
  • 休日の須磨海浜公園休日の須磨海浜公園
  • 「藻塩焚く火も…」の詩の一節が浮かんでくる須磨海岸「藻塩焚く火も…」の詩の一節が浮かんでくる須磨海岸。海水浴場としてにぎわう浜辺とはまた違った顔がここにはある
  • 須磨の浦に今も残る古い家並み須磨の浦に今も残る古い家並み
  • 足を止めて、のぞき込んでみたくなる駄菓子屋の店先足を止めて、のぞき込んでみたくなる駄菓子屋の店先
  • 黒い板塀の道を潮風が通り抜ける黒い板塀の道を潮風が通り抜ける
  • 路地のたこ焼屋路地のたこ焼屋。おばあさんがー人床机に腰をおろしていた(須磨浦通4)
  • 鉢伏山中腹にある芭蕉の句碑鉢伏山中腹にある芭蕉の句碑「蝸牛角振り分けよ須磨明石」。新緑の木漏れ日がきらきらとふり注いでいた
  • 鉢伏山から淡路島を望む鉢伏山から淡路島を望む。芭蕉はこの尾根を何度もすべり落ちながらはい登り、「淡路島手に取るやうに見えて、須磨・明石の海左右に分る」と『笈の小文』に記している
  • 馬上の敦盛像を前に一弦琴を演奏する一弦琴・須磨琴」保存会のメンバー(須磨寺で)馬上の敦盛像を前に一弦琴を演奏する一弦琴・須磨琴」保存会のメンバー(須磨寺で)
  • 平家哀話の象徴・敦盛は一般に深い愛情をもたれ、松風・村雨の物語と同様、能楽に取り入れられ、多くの歌にうたわれている(写真は須磨海岸で舞う「敦盛」(シテ・渋井義信氏)平家哀話の象徴・敦盛は一般に深い愛情をもたれ、松風・村雨の物語と同様、能楽に取り入れられ、多くの歌にうたわれている(写真は須磨海岸で舞う「敦盛」(シテ・渋井義信氏)
  • 長塚節の紀行文に「段々俗化して行く須磨の浦にこんな野暮臭い名物が…」と記されている長塚節の紀行文に「段々俗化して行く須磨の浦にこんな野暮臭い名物が…」と記されている"敦盛そば"
  • 須磨浦公園の西端にある敦盛塚須磨浦公園の西端にある敦盛塚
  • 敦盛塚の五輪塔敦盛塚の五輪塔。地上の高さ3.3メートル、塔の四方には梵字が刻んである。昔も今も花を手向ける人が多い
  • 須磨浦で療養中の子規を見舞った虚子は「我等は松林を通って波打際に出た。其処には夢のやうな静かな波が寄せていて、…眠るやうな一帆はいつまでも淡路の島影にあった」と回想している。木陰のベンチに腰をおろして眺める須磨の海は、今も見あきることがない須磨浦で療養中の子規を見舞った虚子は「我等は松林を通って波打際に出た。其処には夢のやうな静かな波が寄せていて、…眠るやうな一帆はいつまでも淡路の島影にあった」と回想している。木陰のベンチに腰をおろして眺める須磨の海は、今も見あきることがない
  • 須磨浦公園の松「浜の松は、それぞれ、ある強情さを示しながら、奇妙な踊りの型を固持しつづけていた」と椎名麟三が書いた須磨浦公園の松
  • 鉢伏山中腹の展望台に近い道のかたわらに立つ子規と虚子の句碑鉢伏山中腹の展望台に近い道のかたわらに立つ子規と虚子の句碑。「ことづてよ須磨の浦わに昼寝すと」子規、「月を思ひ人を思ひて須磨にあり」虚子
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