80号表紙

No.80(昭和54年5月)

特集:

王子動物園

王子動物園の裏方さん シベリアトラの赤ちゃんは1日1回園内を散歩する。時には幼稚園児に囲まれ、たちまち人気者になる

王子動物園の裏方さん

シベリアトラの赤ちゃんは1日1回園内を散歩する。時には幼稚園児に囲まれ、たちまち人気者になる

動物を支える人たち


ヨーロッパオオカミのオリに入って清掃する飼育員。
お互いに信頼しているからできるのだ

東の空からだんだんと明るくなる頃、鳥たちの鳴き声で動物園は朝を迎える。あちら、こちらから、さまざまな鳥たちが、違った音色で鳴き始める「お早よう」、「早く起きなさいよ」と言っているように聞える。その鳴き声が合図のように動物たちは目覚める。そして、その日の動物と人とのふれあいが始まるのだ。

●動物に生涯をかける十七名

 動物園の主役は言うまでもなく動物たちだ。動物たちは遠いアフリカから、そして北極や南極からも、あるいはお隣りの中国からと世界の各地からやって来ている。動物はすべて自然が生んだ大切な宝だ。その大切な宝を動物園は預かっている。この動物たちを陰で支えている人たちがいる。飼育係の人たちだ。総勢十七名、千を越す動物に生涯をかけている。
 彼らは朝八時頃までに作業衣に着替え、すぐにえさを持って担当の動物舎へ急ぐ。動物舎のとびらを開くかぎの音で、動物たちはは、"親方"が来たことを知る。「お早ようさん」と、まず声をかけながら動物たちを見回る。声をあげて喜ぶチンパンジー、顔をすり寄せてくるトラ夫婦、寄声を出して駆け寄る老いたロバ……など、親愛の情を示してくれる。「今朝も元気だ」とつぶやきながら給飼や掃除にかかる。開園時間のに九時までに動物は寝室から運動場へ出る。ここが人に見てもらう展示場だ。開園と同時に入園される人のため、サービス精神も決して忘れない。



ときどき動物舎に入り、キンカジューに手でえさを
やったり一緒に遊んでやる。
お互いに楽しいひとときだ(太陽の動物舎)

●信頼と愛情の強いきずな

 飼育員の作業は単純なように思われるが、決してそうでない。動物個々の性状、習性、動作、食欲、ふんや尿など動物の健康状態を絶えず観察し、その日の動物の状態を詳細にメモ帳に記録する。休憩時間には本を調べたり、先輩に意見を聞く。公休日には他の動物園へ見学に行くなど、動物たちにとって、また見る人たちにとって、最高の条件を研究しながら行動する。いま、動物たちは何を考えているのか、何をしようとしているのか、を動物の挙動で素早く判断しなければならない。動物と飼育員はお互いに愛情と信頼で結ばれているが、油断は禁物、危険な場合もある。飼育員は絶えず注意を払って作業にかかる。動物舎には安全の意味でたくさんのかぎをかけている。猛獣舎だけでも三十八個のかぎがある。彼らは扉を開閉の都度、面倒でもかぎを掛ける。それが飼育員の鉄則だ。彼らは「よし」と呼称しながら確認する。全く神経を使う仕事ばかりだ。

●夜を徹して親代りの面倒

 飼育員たちが最もうれしい時は、動物に可愛い子どもが生れた時だ。彼等は新しい生命をみた瞬間「やった!」と飛び上って叫び、喜ぶ。しかし「無事に育つだろうか」、「よく乳を飲むだろうか」との杞憂もある。動物の中には時折、子どもを生んでも親が育てないことがあり、その時には子どもを引取り人工で育てる。一日に五〜六回ほ乳をしなければならず、夜中でも出勤してほ乳びんの消毒からミルクの調合、授乳、保温と親代りの面倒はいつものことである。
 しかし日に日に成長するこれらの幼い姿を見ていると、その苦労が楽しみに変る。動物の子どもが成長すると、やがて別れの時が来る。飼育する場所に限りがあるので他の動物園へ養子に出される。「達者でなあ!」と言いながら、積み込まれたトラックを見送るベテランの飼育員はこうつぶやいた。「まだ経験はないが、娘を嫁にやる時の気持ちはこんなだろうなあ」と。

●一日千キロのえさ作り


全長六メートルのインドニシキヘビの中に入って作業するのは並大抵ではない。
でも愛情があればこそできるのだ(太陽の動物舎)

 動物のえさ作りは大へんだ。動物によって材料は違うし、量も異なる。魚あり、肉あり、野菜あり、実に一日六十二種類、一千キログラムだ。大きなホテルでもこれだけの量を仕入れるだろうか。それぞれのメニューに従って飼育員総出でテキパキと調理されていく。インスタント食品はない。すべて自然に近く、そして真心がこもった手作りの味だ。
 ここで、動物のお医者さんをのぞいてみよう。専任獣医師二名、なかなかの多忙だ。「糞が軟かい」、「びっこを引いている」……と飼育員から連絡が入る。診療器具や薬を持って走る。彼らは動物の健康管理を一手に引受けているのだ。しかし、まだ野生動物の医学は確立されていない。しかも相手は猛獣やそれに近い動物、注射するにしても、薬を与えるにしても並大抵ではない。彼らは飼育員と一緒に動物の飼育もする。そうすることによって動物の性状、生態、生理をつかみ、健康管理に役立てようとしているのだ。

●歓声をあげる動物たち

 午後四時、動物の夕食の時間だ。調理されたえさはトラックに積み込まれ各動物舎へ連ばれる。動物たちは時計がなくてもその時をよく知っている。寝室の入口に待機し、一せいに歓声をあげる。動物たちが夕食をしている間、飼育員たちは終始動物たちを観察しながら、運動場を掃除する。やがて午後五時、「早く寝るんだぞ」と声をかけながら再度動物を見回る。そして扉のかぎを確認して一日の仕事は終了する。
 遠足の子どもたちや家族連れで一日中にぎわった動物園に再び静けさがもどる。夕暮れの空にはコウモリの集団が飛んでいる。時折り、ヨーロッパオオカミの遠ぼえが「お休みなさい」を言っているように聞える。すべての動物たちは静かな眠りにつくのだ。

(副園長・谷岡正之)


  • 大好物のサトウキビをもらい目を細めるインドゾウ

    棒たわしでこすってもらっているマレーバクの顔は、いかにも気持ちよさそうだ
  • えさの時間、あじの入った箱を見て寄ってくるぺンギンたち。飼育員は公平に食べれるよう気を配る

    今年もダチョウやエミユーのひなが人工ふ化でかえった。初めは面倒でもひなの口を開けてえさを与えなければならない

    人間の年令に換算すると90才にもなる老いたロバを、いたわるようにブラシをかける若い飼育員
  • キリンは桜の葉か大好き。ときどき飼育員からもらって大へんご機げん

    開園前、90羽のフラミンゴは一せいに羽ばたきながら寝小屋から展示場に出て行く。その姿は活気に満ち、実に美しい
  • ベンガルトラの赤ちゃんは父親と別々に暮らす。ある日、飼育員のはからいで初めて父子が対面、しげしげとわが子を見つめる父親の顔はいかにも満足そうであった
  • ヒョウの赤ちゃんの体重測定。普通、子どもを引離すと親が大へん怒るが、飼育員を信じきっているので、母親も怒らず一緒に見ていた
  • 人気のない園内で遊んでもらっているシベリアトラの赤ちゃん。母親が育てず人工で育ったため、飼育員を親と思っている
  • 転倒して下半身不随になったカンガルーに点滴する若い獣医師。しかしこのカンガルーも薬石効なく5月5日息を引きとった
  • 仮住いの診療室でサルの子どもを診察する獣医師。
    今年の末には新しい動物病院が完成する予定で、入院もできることになる
  • 動物に薬を与えるのも一苦労だ。飼育員の肩につかまらせて薬を飲ませてもらうキンカジュー

    診療室の黒板には、動物の治療経過や検査項目がぎっしり書かれている。その多忙さがうかがえる
  • わらで体をこすってもらってご満悦のサイ。飼育員もサイもお互いに信じきっている

    飼育員総出でえさを調理する。どのえさにも愛情と真心がこもっている
  • 「アーン、大きく口を開けて」と歯の掃除をしてもらつでいるカバ。気持ちがよいのかねだる時もある

    大分気温も高くなったので、飼育員たちによって冷房室に移されるキングペンギン

    毎週1回プールの大掃除。アシカの家族はおとなしく掃除の終るのを待っている
  • 動物の姿をカメラにおさめる人たち。国際港都らしく外人も多い

    白鳥に気に入ってもらえるかな、と考えながら小屋を作る飼育員たち。動物舎の飾りつけや模様変えもすべて彼らの手でおこなう

    新築されたカンガルー舎に動物説明板を取り付ける管理係員。これも欠かせない大切な仕事だ

太陽の動物舎 より自然に、より見やすく

 動物にできる限りの自然を与え、その生態をよく観察できる動物舎を作ろうと各地の動物園では頭をしぼる。王子動物園では、これらを満たした新しい方式の動物を作った昨年できた「放養式猛獣舎」であり、今年四月二十日にオープンした「太陽の動物舎」である。
「太陽の動物舎」、無限にある太陽エネルギーを利用し、資源の節約を目的とした動物舎であるが、そのことよりも、自然の熱である太陽で動物に適した温度を保つことに意義がある 自然と同じ温度環境の中で、ワ二、ヘビなどのは虫類は熱帯植物を背景に、またコウモリ、スローロリスなど夜行性動物は樹木や枯葉の中で、共に自然に帰った気持で暮らすだろう。一方、見る人のために、大へん見やすいのが特徴だ。すぐ目の前に動物がおり、ワニの水中生態や、人工的に作られた夜で夜行性動物の動きが見られる。
 この太陽熱利用の動物舎は全国でも初めて、いや、世界でも例がないとのこと、神戸市民の誇りとして自慢できるものだ。

  • ガラス越しではあるが観覧者にお相手をする愛きょう者のスローロリス。そのひょうきんな顔が人気を呼んでいる
  • 重量120キログラムの巨大なゾウガメを見つめる子どもたち
  • ワニの一種で小柄なカイマンをのぞき込むように眺める観覧者
  • 奇妙な動物であるアルマジュロ。えさを食べ終ると物陰に隠れる

    「太陽の動物舎」の心臓である集熱板を毎日点検する係員

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