70号表紙

No.70(昭和53年7月)

特集:

灘の酒蔵

灘の酒蔵 ふりそそぐ太陽(東灘区御影石町)

 何日か灘の酒蔵のまちを歩いたあと、ある大手酒造メーカーの工場長に 「古い酒蔵はずっと残りますか?」と聞いたら、「さあ、ねえー」と返事につまった。
 その会社の中でも、古い年輩の人は、黒ガワラと、黒の分厚い焼板、それに土間のある酒蔵でないと、本来の日本酒のこくは出ないという人がいる。
 もちろん、機械と化学に強い若い技術者は、否定派だ。要するに感覚の問題ですといい切る。この人たちは、古い酒蔵を、灘の酒のイメージアップというか、宣伝材料の一つぐらいにしか認めない。
 現在、東灘・灘区の、いわゆる灘三郷にある酒造メーカーは三十八社、酒蔵は四十四棟。このうち古い蔵は老朽化が目立ち、それでなくても減る運命にある。

 酒蔵も、そこで働く人々も、いや日本酒全体が、古い伝統と新しい脱皮のはざまにあってゆれ動いている―。

しっとりと建ち並ぶ酒蔵(東灘区御影本町)


川ぞいの酒蔵。
天井部分を広く使うためか独特の寄棟の蔵が多い
(東灘区御影石町)

肌をさす六甲おろし

 灘の酒蔵は、阪神間の海岸線にそって飛び石のように点在している。その理由は、酒づくりに一番適した土地を砂州にもとめたからだ。六甲山系からの急流がつくった砂州は、酒づくりに必要な良質の水がえやすく、また海に近いため、原料米や製品の搬出入に便利だった。しかも、これらの砂州をつくった住吉川、石屋川、都禍川といった川の上流では、昔は水車小屋をつかって精米をすることができた。
 水車を利用すると、人力では及びもつかないほど精白度がえられる。米の精白度と低い気温は、清らかな酒をかもすのに欠かせない条件である。この気温を低くするため、灘の酒蔵はたいてい棟を東西に長くのばし、窓は北向きにというふうに建てられていた。今でこそ冷暖房完備の大きな鉄筋ビルの蔵が多くなったが、当時は、肌をさすような六甲おろしの自然の寒気を北の窓からとり入れるよう工夫されていたのである。
 また、灘の酒づくりに欠かせないものの一つに丹波杜氏(とじ)がある。杜氏とは、一つの酒蔵で全責任をもって酒づくりにあたる工場長的存在。酒づくりの技術に関しては蔵の主人でさえ口をだすことができなかったといわれている。この杜氏の下に選ばれた蔵人たちが集まり、蔵ごとに毎年酒づくりの技(わざ)をきそいあった。

技きそう丹波杜氏

 良質の米と宮水をもつ灘五郷に、いつも最高の品質をもとめる丹波杜氏の技が加わって、芸術品のようにみがかれた酒がかもし出されたのである。彼らは丹波篠山地方の出身者が多く、農閑期を利用して酒づくりにやってきた。そして、その秘法は杜氏から蔵人へ、連綿と後継者につたえられてきた。機械化がすすんでいる今日でさえ、杜氏は灘の酒の味の決定者としてますます責任の重さを加えている。

"秋晴れする"灘の酒の秘密


地蔵さんのある路地(東灘区御影本町)

 ところで、灘の宮水が発見されたのは天保五、六年(一八三五、六年)ごろといわれている。それ以来、灘の酒は「秋晴れする」といわれるようになった。つまり、夏をこし、秋をむかえて、味がますますさえてくる灘の酒の秘密が宮水にあったわけだ。この宮水は、西宮市の海岸から一`ぐらいのところにある浅井戸からわき、鉄分が少なく、リンやカルシュームを含む硬水の一種で、西宮以外の灘五郷の酒蔵ではむかしから牛車や水船でこの水を運んだ。
 今日では、宮水が芳じゅんな酒をつくる原因もだいぶわかるようになったが、それでもまだ、この水のはたらきにはナゾの部分がたくさん残されている。

宮水になじみやすい山田錦

 いま灘でつかわれている米は、播州平野で育った山田錦。この米は大粒でやわらかく、デンプン質が多く、しかも宮水となじみやすいなど、酒づくりの要求をすべてみたしてくれる。よい酒をつくるためには、米の精白度がとても大切だが、しかし並の米では精白度を高くしたからといって酒の味がよくなるということはない。山川錦は、粒のまん中に心白とよばれる固まったデンプン質があって、宮水につけておくとゆっくり溶け、それでいて、米の形がくずれない。このコシの強さが灘の酒の特色を生みだしているのである。

  • 六甲に向いて東西に長くのびる蔵。六甲おろしの寒気をとり入れるため窓は多い(灘区新在家南町)
  • 酒蔵の屋根(東灘区御影石町)
  • 酒蔵の窓(東灘区御影石町)

酒づくり今昔


  • 牛車による米の搬入

  • 米倉庫

  • 現在の放冷機

  • 検蒸つくり

  • 出麹の放冷

  • 内洗物

  • 酒造米を収めた現在の白米サイロ
  • ビン洗い

    口栓

    オートメ化された現在の打栓機

    仕込み
  • 現在の酒母タンク

    新酒と粕に分離する現在の圧搾機


    昔の酒づくりの写真は、大正初期から昭和初期にかけてのもので、提供は白鶴酒造kk。
  • 仕込水の運搬

    暖気樽入れ

    粕離し
  • 県指定建造物山邑酒造酒蔵(東灘区魚崎南町)
  • 重要文化財の灘酒造用具を収めた菊正宗酒造記念館(東灘区魚崎西町)
  • 木の香がハナをつく作業場




    "神戸らしい町並"育てよう

     古い酒蔵の建ち並ぶしっとりしたたたずまい、異人館街のエキゾチックなムード…こういった神戸らしい町並を守り育て、神戸にふさわしい都市景観をつくるため、市では「都市景観条例」の制定を検討しています。
  • 明治36年の表彰状が飾ってある古い製樽屋さん。灘三郷にある同業者は3軒。遠方からの注文も時にはあるが、オイルショック後、仕事量は2〜3割方減ったという(東灘区御影本町)

    黒ガワラの酒蔵の向こうに鉄筋の酒造ビルが(東灘区住吉南町)

    新しい住宅と古い酒蔵が隣合わせ(灘区下河原通)

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