63号表紙

No.63(昭和52年12月)

特集:

神戸の坂と文学(下)

神戸の坂と文学(下) 芭蕉の句碑がある旗振、鉄拐への坂道
 
  • 「雪見御所」の旧跡をつぶさに歩いた吉川英治の紀行文に出てくる天王温泉への坂道

    「雪見御所旧跡」の碑
    (湊山小学校校庭)
  • 深い断層の切れ目のような天王谷の渓流
  • 教会の屋根越しに港の船が見おろせる急な坂道
    (生田区山本通4)
  • 詩人薄田泣菫が「港に出入りする真帆片帆の影、さながら手にとるよう」と書いた私立神港高校横の坂道(山本通4)
  • 最近のトア・ロードの夜景 英文学者上田敏は高台のトア・ホテル(現・神戸外国倶楽部)から月夜の神戸港を望み「都会の住居地としては日本一だろう」と書いた
  • 神戸の"坂のある風景"として、たくさんの文学に現われるトア・ロード
  • 静かな住宅街をぬうせまい坂道(山本通4)
  • "北野の三本松"の地に古くから不動明王立像があるところから不動坂の愛称で呼ばれている(北野町2)
  • 石川達三の名作『蒼氓』に"赤土の坂道"としてえがかれた坂道。トア・ロードの西側の道で、国鉄元町駅から当時の国立海外移民収容所(現・市立看護専門学校)へ北ヘー直線で通じている

  • 建物の一室から望む神戸の中心街とみなと

  • たくさんのブラジル移民が日本での最後の日々を送った国立海外移民収容所(現・市立看護専門学校)
  • 異人館街の坂道、ハンター邸跡地に続く道で最近、ハンター坂と愛称がつけられた(北野町四)

  • 旧トーマス邸の風見鶏
  • 細い坂を上りつめた山際に建つ異人館"うろこの家"(北野町2)
  • 堀辰雄の「旅の絵」に「…私たちの歩いている山手のこのへんの異人屋敷はどれもこれも古色を帯びていて、なかなか情緒がある」と書かれている異人館街の坂道(いずれも生田区北野町)
  • 異人館街の坂道(生田区北野町)
  • 庭木が長い枝を伸ばして濃い日陰をつくっている坂道(北野町2)
  • 詩人なか・けんじの「幻想北野町」でうたわれている青い板塀の坂道(北野町2)
  • 北野地区の代表的な坂道「北野坂」
  • 山本通から見おろす中心街
  • 山本通から見おろす中心街
  • 白い塀にはさまれて細く長く続く坂道
  • 奥平野浄水場から"堀割筋"を望む。山を堀り割って奥平野から港へおりる近道にしたところから堀割筋と呼ばれるようになった

  • 天神坂(右)をのぼると、北野天神につきあたって東西の道に分かれる(北野町二)

  • 田宮虎彦が「神戸に堀割という地名が、まだ残っているだろうか。私がそこにいたのは…」と「幼き日の思い出」に書いた"堀割筋"(生田区中山手通七)
  • 両側に高い石垣の家が建ち並ぶ高取山への急坂。直井潔の「一瑠の川』にも、ふもとの坂道が現われる(長田区長者町)
  • 須磨浦公園北にある芭蕉の句碑
  • 芭蕉が「笈の小文」に「呉楚東南のながめもかかる所にゃ」と書いた鉄拐山への急な坂道
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