53号表紙

No.53(昭和51年12月)

特集:

こうべの歴史と人物(下)

こうべの歴史と人物(下) 徳川光圀が建てた楠木正成の墓碑(湊川神社)
 

建築の世界に生きた名工 左甚五郎

☆左甚五郎
一五九四年(文禄三)〜一六五一年(慶安四)を生きた江戸初期の名工。姓は伊丹、名は利勝、幼名刀称松。播磨の人。禁裏大工棟梁遊左与平次の弟子。

生きながらえた"逃亡の武将" 荒木村重

するどい直感の持主 黒田官兵衛

☆黒田官兵衛如水
謎と逸話の多い人物。かつては目薬売りをしていたとか、牛馬の売買をするばくろうだったとかいわれているが、秀吉が内心最も恐れていた人間だった。

有馬での湯治中に官兵衛がお参りしたといわれる温泉寺

敢然と信長に抵抗 衣笠範景

☆衣笠城
枦谷町にあるから枦谷城と呼ぶ人もあり正しくは端谷城だとする説もあるが、端谷城と称するのが正しいようである。

悲哀をかみしめた300人 淡河弾正定範

☆淡河棄城
淡河定範は、なぜ城を棄てて三木城に入ってしまったのか。兵糧攻めの三木城を守るためには城外にあって、兵糧搬入ルートの開発に働いた方が得策だったと考えられるのだが―。

戦乱の時代を生きぬく 有馬法印則頼

☆淡河城跡
淡河本町の南高台(上山)の端にその跡をとどめている。長松寺は土地では上寺と呼ばれ、城跡の麓、川をへだてた東側にある。

"子宝の湯"に男の一念 豊臣秀吉

☆瑞宝寺
寛文年中(一六六一〜一六七二)黄檗派の木庵禅師の門人寂岩道空の創建したと伝えられる禅寺であった。 明治六年に廃寺。入口の門は伏見城のものを移したという。

つらぬき通した女の意地 淀君

  • 落葉がゆれる滝付近の清流
  • 粉雪が舞う鼓が滝

波風を好んだ乱世の武将 松永弾正久秀

☆松永久秀
永正七年(一五一〇)〜天正五年(一五七七)の人。戦国時代の武将。

揺れる大阪城最後の家老 片桐旦元

光圀にかわって石碑建立 佐々木助三郎

資料 ラジオ関西「明るい神戸」

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