52号表紙

No.52(昭和51年11月)

特集:

こうべの歴史と人物(上)

こうべの歴史と人物(上) 布引の滝にある在原業平の歌碑の拓本
 

歴史の通りすぎるまち ー歴史上の人物と神戸とのかかわり方ー

六甲山油コブシ道から望む神戸の市街地

布引の滝を全国にPR
在原業平

  • 雄滝にくらべるといかにも女性的な布引の雌滝
  • 布引の滝(雄滝)滝つぼのすぐ近くに業平の歌碑がある

☆在原業平
平安初期の歌人、阿保親王の子、六歌仙の一人。兄に行平がある。

帝釈山の中腹にある滝。まわりにある洞穴が鉱山の坑道跡といわれる

鉱山を見つける専門家
多田満仲

☆多田満仲
平安中期の武将。摂津多田に住し多田源氏を称し、多田院を創建した。

昼間も暗い忠度塚。忠度の腕を埋めたと伝えられる(長田区駒ケ林四)

兜のえびらに歌一首
平忠度

☆平忠度
清盛の弟。藤原俊成に詠草を託した話は有名。

一身にスポットライト
源 義経

☆義経の悲劇
一の谷で一躍有名になったことと、京都で厚遇されたことである。義経のはかない生涯は、源氏そのものの生涯でもあった。

  • 義経の"逆落し"で知られる一の谷(右手前)の夜景(鉄拐山から)
  • 鵯越にある"義経馬つなぎ松"。義経がここを通ったことを伝えている

子供のために"さきがけ"
梶原景時

☆梶原景時
鎌倉時代の武将景清の子。氏は平氏。義経と仲が悪かったことで有名。

  • 景時が水をくんで武運を祈ったと伝える。"かがみの井"
  • 景季が梅の枝をエビラにさして奮戦したと伝える"えびらの梅"(生田神社)

能福寺にある忠快の法印の塔

琵琶をかなでて供養
小川忠快

☆能福寺
天台宗、清盛出家の寺として知られている。

最悪の結末も予感?
楠 正成

☆楠木正成
出身不明というのが正成の正しい履歴書だといわれている。そして建武中興の大活躍があって湊川で戦死するまで、わずか六年の歴史的登場にすぎない。

  • 会下山公園から望む市街地
  • 会下山公園にある「湊川合戦楠公陣所之跡」の碑

楠正成の"泣き男"
杉本佐兵衛

  • 広々とした善光寺
  • 境内にある戦死者の霊をまつった五輪の塔

尊氏のひきいる水軍が上陸したと伝えられる長田区駒ケ林海岸

人の心を上手につかむ
足利尊氏

清盛の気持をくんで人柱
松王丸

☆人柱信仰
人柱というニエによってことが成就するという考え方はこの当時の大衆を支配していたとも考えられる。

  • 13重の清盛塚と並んで立つ清盛の銅像(兵庫区南逆瀬川町2)
  • 来迎寺にある松王丸の石碑

わざわざ須磨を"取材"?
紫 式部

☆紫式部
平安後期の女流作家・歌人。父は藤原為時、母は藤原為信の娘。名は香子(たかこ)という説がある。

  • 光源氏がすごしたと伝えられる現光寺
  • 在原行平がここで月を賞したといわれる現在の須磨離宮公園

資料 ラジオ関西「明るい神戸」

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