45号表紙

No.45(昭和51年2月)

特集:

あすにかける神戸の農・漁業

あすにかける ―神戸の農・漁業―
まだ暗い朝の6時ごろに家族中の顔が牛舎にそろう。掃除、エサづくり、搾乳…と、それからの2〜3時間はおしゃべりのひまもないほど忙しい。中学時代からソフトボールの選手だっただけに、初子さんの動きは実に軽い。

おとうさんは、初子さんらが起きるまでに、行きつけの店を回ってパンくずとオカラをもらって来る。牛のエサ桶はそれぞれ決まっでいて、入れるエサの分量も少しずつ違う。これを間違えると、牛が下痢などをおこすそうだ。

機械での搾乳のあとは、手で丁寧に乳をしぼりとってやる。やっぱりジカにふれると、自然にかわいくもなるし、牛の体の調子などもわかるようになる。「生き物を飼っていると、家族そろって旅行もできません」と初子さん

ひと仕事終えたあとの遅い朝食。みんな思った割にはあまり食べない。ハムをはさんだ食パンを一枚か二枚。そのかわり、しぼりたての濃い牛乳と、生野菜や果物をたっぷり食べる。

何軒かの同業者が当番で、農協へ納める乳を集めて回る。当番の同業者の車に乳を積み込むおとうさんは、初子さんと一緒だといつもうれしそうな顔をする。

神妙な顔で花を生ける初子さん。初子さんもおかあさんも、ある流派の師範免許を持っているので、よく親子で批判をし合う。最近は毛糸の機械編みにもこっている。

平木初子さん(22才)
〔経営内容〕搾乳牛28頭、育成牛2頭の計30頭を飼育
〔家族〕祖父と両親の4人、全員酪農従事
〔経歴・趣味〕県農業青年クラブ連絡協議会副会長、西神戸農業青年クラブ副会長。趣味は華道、編物、スポーツ全般

甘いカーネーションの香がただよう温室の中は寒さ知らず。夫の動きを見ながら、噴霧器の長いホースをたぐったり、のばしたりする奥さんの手先を通して、お互いの信頼感や愛情が通い合う(カラー写真は、咲き乱れるカーネーションと藤本さん夫妻)

藤本喜郎さん(26才)
〔経営内容〕水稲115アール、温室カーネーション1155平方に、露地菊10アール
〔家族〕祖母、両親、妹、弟、それに妻と長男、長女の2児
〔経歴・趣味〕温室カーネーション栽培を始めて4年目、現在では市域栽培技術の最高水準と評価され、経営改善にも意欲的。奥さんは滋賀短大園芸科での同級生。

喜郎さん「石油ショック以後の諸資材の値上がりはこたえましたが、ことしあたりはまあまあではないでしょうか。今は1日おきに1,000本ぐらいの出荷です。花屋さんなどの話を聞くと、作るのも大変だけど売るのも大変で、そこそこのマージンはやむをえないと思います。それより、やはり需要が伸びてくれることですから、もっとカーネーションの良さをPRしたいですね」

水気耕栽培は最近の革新的な農業技術の一つ。平たくいえば、土のかわりに栄養分を含んだ水をパイプで循環させておき、それを吸収して作物を育てるやり方(写真右)。かわいい孫夫婦のそばで、手仕事に余念のないおばあさんの表情は至ってのどかだ(写真左)。

藤原惣策さん(30才)
〔経営内容〕耕地面積130アール(うちトマト水気耕栽培1,000平方メートル、イチゴハウス栽培350平方メートル、イチゴ露地栽培500平方メートル)
〔家族〕祖母、母、それに妻と子供2人
〔経歴・趣味〕長く農業青年クラブ役員をつとめ、昭和48年から水気耕栽培を始める。

惣策さん 「昭和44年に父が死にましたので、1千万円以上かけて水気耕栽培を始める時は、市の北部指導農場や四国などへ何度も出かけて、自分なりにいずいぶん調べました。連作障害がないのが魅力です。団地造成などによって、川の水が次第に悪くなっていくのが悩みです」
おばあさん 「百姓の仕事も変りました。家より温室の中にいる方があったかくて、いいですねぇ。若い人たちがようしてくれます」

畑仕事を終えて、家路をいそぐ藤田さん夫婦。別に話はしなくても、笑顔見合うだけで心がなごむ。あすも、あさっても…、いつも二人で一緒の明るい仕事が待っている(カラー写真は、ビニールハウスで菜っぱの苗を植える藤田さん夫婦とおかあさん)

藤田健治さん(25才)
〔経営内容〕田1ヘクタール、ハウス10アール。きくな、ほうれん草の周年栽培、他にはくさい、キャベツなど
〔家族〕両親、弟(会社員)、妹、妻
〔経歴・趣味〕契約栽培の平野地区委員、はくさい、キャベツ検査員

健治さん 「昨年12月5日に見合い結婚しました。妻の里は岩岡町の農家です。うちと栽培の仕方などは違いますけど次第になれてくれるでしょう。私は長男ですから、家を継ぐのは当然だという気持で大きくなりましたし、これからは2人でがんばります。最近のように野菜が高いと、逆に腹が立ちますね。私たちも長い間、価格の不安定に泣かされてきたわけですけど、市の契約栽培制度によって、価格の変動が気にならなくなっただけでも大きなはげみです」

風が強いとかえってファイトが湧く。イチジクの木だって寒いんだからと、木の手入れにも思わず力がこもる。やがて春が来れば、温かい日ざしがこの大地をつつんでくれる。

友人と共同経営している"農業機械銀行"のトラクター出動。人手がなくて耕作できない農家から依頼があれば竹内さんは気軽に飛び出して行く。仕事か忙しいのは結構だが、専業農家がへっていく今の農業の現実はやっぱりさびしい。

竹内正敏さん(26才)
〔経営内容〕耕作面積180アール(うちイチジク10アール、イチゴ25アール)
〔家族〕両親と共同で農業経営、弟は現在東京で就職
〔経歴・趣味〕昭和48年度の西神戸農業青年クラブ会長、現在は岩岡緑農オペレーター組合の指導者で、農業機械銀行のリーダーとして活躍。趣味はスキー。

おとうさん「目下花嫁算集中、と大きく書いておいて下さい。近ごろは農家の嫁になかなか来手がないんです。なんとか、嫁にこまらん農業にせんとね…」
正敏さん 「最近の農村の青年はみんなおとなしいです。われわれの先輩はもっと活発でしたよ。やはり活気のある農村にしたいですね」

秋の10月ころからノリを育て、最初に刈取って加工し出荷するのでは12月半ばすぎ。そして寒い冬の間がノリの最盛期。松下さんはノリの病気が心配でヒマをみては沖へ出るが、異常がなくてやれやれと思ったとたんに、特有のノリと潮の香が気持よくハナをつく(カラー写真は、垂水沖でのノリの刈取り作業)

松下方俊さん(26才)
〔経営内容〕小型底曳網漁船2隻所有、漁業・のり養殖
〔家族〕祖母、両親、弟(会社員)、妹
〔経歴・趣味〕西部漁協の水産研究会(青年部)のリーダーのー人、「神戸・天津友好の船」の水産関係団員として一昨年中国を訪問した。

方俊〔まさとし)さん 「今がノリの最盛期で2日おきに加工する日は夜中の2時ごろから日中もぶっ続けの作業になります。朝の早いのは、やはり漁師ですからね。近ごろは海がかなりきれいになったのと雅魚を放流したせいか、ひところより魚が多くなったみたいです」 
おとうさん 「方俊は、中学生のころから学校へ行くより海の方が好きだったからね。今ではちょっとしんどい仕事になると、"オヤジどいとれ"と云うてくれます」

自転車がわりのように、モーターボートにぽいと飛び乗りで海へ出かける。はてしない遠くを見ていると、陸でくよくよしていたこともみんな忘れてしまう。"やっぱりオレには、この海が一番いい!"と松下さんは思う。

西・北神地区の文化の殿堂

西神文化センター

神戸北文化センター

契約栽培野菜の高値制限を示す店頭の掲示板

野菜の契約栽培が行われている田園地帯(垂水区平野町)

家族連れが多い"なし"の観光農園

にぎわう海釣公園

かけがえのない神戸の農・漁業
安定出荷、安定価格へ

 長い六甲トンネルを抜けて、北区の北神地区へ足を踏み入れると、南側の市街地とは打って変ったのどかな田園風景がひらける。起伏の多い田んぼの間を静かに川が流れ、ワラぶき農家がまだあちこちにあって、日当りのいい縁側で手仕事をしているおばあさんの姿もよく見かける。都市化の波が次第に押し寄せているとはいっても、まだまだ山深い村里のたたずまいを残し、何度行っても「ここも同じ神戸なんだなぁ」という感慨にひたることができる。垂水の奥の西神地域は、北神よりさらに田んぼの広がりが大きい。

目立つ専業農家の減少

 こんな西神や北神の市域農業が果している役割の一つは、いうまでもなく新鮮で安全な農産物をできるだけ豊富に、そして安定して供給してくれることである。都市から離れた遠くの大産地だけに供給を頼っていると、うまくいっている時はいいが、天候不順や病虫害、あるいは輸送に支障が起きたりすると、たちまち消費者の台所は干上がってしまう。それに価格の変動もはげしく、最近は野菜の高値が問題になるたびに、近郊の野菜生産を見直す気運が高まってきた。
 神戸市が昭和四十九年度から実施している野菜の契約栽培は、市域の農家が安心して野菜づくりが出来るよう、野菜の値が極端に安い時は市が生産者に対して生産費を基準に一定の保証をするかわり、逆に高い時は高値制限をして値を押え、消費者と生産者の双方を擁護しようという施策である。しかしこの場合も、契約栽培による野菜の生産量をできるだけふやして中央市場でのウェイトを高くしないと、市場価格にあまりひびかないことになる。
 一方、農業は生産活動そのものが緑をつくり、自然を管理する機能をもっている。山林や川、ため池、水路などは主として農業者によって管理され、これが水源のかん養、大気の浄化、あるいは災害の防備などに役立っている。また農業地域は集落や田んぼ、川、山林などが一体になって独特の農村文化、景観を呈しており、都市住民にうるおいと安らぎを与えている。
 市の"太陽と緑の道"が家族連れなどのハイカーでにぎわい、また、いちご、ぶどう、なし、くり、いも、みかんなどの"観光農園"が四季を通じて、市民のレクリエーションの場として大いに利用され、喜ばれているのも、やはり農村のもつ自然の魅力である。
 このように、大都市の市域内に健全な農業があるということは、単に一産業としての位置づけにとどまらず、大きくいえば、これからの「人間都市神戸」を実現するために欠かすことのできない基礎条件でもあるわけだ。このことは、漁業についても同じようなことがいえる。漁業も単に水産物を供給するだけでなく、海の環境保全とか、健全ないこいの場の提供といった面で大きな役割を果している。
 ところが農業を例にとると、市内の農家戸数は年々減少し、とりわけ専業農家の減少ぶりが目立つ。昭和四十年と五十年の農家戸数を比較すると、この十年間に約千戸がへっている。また農業以外の所得のある兼業農家も、農業を主とする農家は大幅に減少し、主人が会社勤めなどをして、土曜と日曜日しか畑仕事をしないというような兼業農家が逆にふえている。
 農業が従でしかない兼業農家がどんどんふえると、米や野菜の生産がへるだけではない。作物をつくらない田んぼがぽつんと出来ると、ここが雑草地になって回りの田んぼに大きな被害を与える。水利施設が途中で寸断されると、これも全体にひびくことになる。農村では水利権者が寄り集まってタメ池の管理などをするのが普通だが、兼業が多くなると、残つた少数の人が管理をしなければならなくなり、老朽タメ池がふえる原因にもなる。
 そこで、かけがえのない神戸の農業を発展させるには、後継者づくりに力を大れるだけでなく、農業経営に意欲のある人と、そうでない人を分けてかかる必要がある。意欲のある人は市域農業のにない手として、他の産業従事者とくらべて十分な農業所得があげられるように積極的に育成してゆく。反面、そうでない人には農地の利用権の委譲、経営の委託などをすすめ、土地の高度利用をはかる。
 また現在の市域農業は米と、園芸と、畜産にほぼ三等分されているが、これからの方向としては、米は今後とも基幹作物として生産の効率化を進める一方、園芸作物は都市農業の特色を生かす方向で増産をほかる。そして畜産については、まず公害問題を除去してから生産性の向上をはかるということになりそうだ。
 しかしいずれにしても、要は農業だけで十分に食べていける。やる気になれば農業はもうかるということでなければ、意欲が湧かないのは当然である。農業が他の産業に比して不利なのは、何といっても生産が天候に支配されやすいのと、価格が不安定であることである。今年こそはとがんばってたくさん取れると、値がたたかれ、手びかえた翌年はまた値が上がる。こんな"いたちごっこ"の繰り返しでは若者が勤め口を見つけて都会へ出たがるのは当然で、後継者たちが異囗同音に云うのも価格の安定であり、生活の安定である。
 一昨年から野菜九品目について始めた市の契約栽培で、きくなの生産量は当時にくらべて現在ほ二・五倍にふえ、ほとんど衰退しかかっていたほうれん草は三・五倍もふえている。どちらも天候に左右されないハウス栽培が急速に伸びたからだ。この契約栽培に参加しているのは現在八百十戸で、その中心は若い人たちである。悪くても元だけはとれるという保証さえあれば、若いだけに設備投資も積極的である。
 こうして次第に生産がふえ、きくなのように市場シェアの八〜九割を契約栽培もので占めるようになると、その生産量によって市場価格が安定するようになってくる。

野菜の契約栽培を強化

 長年、価格の不安定に泣かされ、おびやかされてきた農家の人たちにとって、自分たちの作る量によって生産物の価格が決まるということは、大きな目ざめである。まず生産意欲が湧き、そしてひいては自分たちの生産物が、物価対策の一環として市民の台所を支えているんだという使命感が湧いてくる。
 こうなるとなおさら、いくら高値になっても神戸の市場以外に出荷しないのはもちろん、契約栽培ものに対する信頼を高めようと、以前はきくな一束百グラムと決めていても時には八十グラムしかなかったり、一箱十五キロのキャベツが実際は十三キロしかなかったというようなケースもあったそうだが、今では厳重に規格が守られるようになった。また最近は、一反当りにこれぐらいの肥料は使いましょう、でないと良い野菜は出来ないというような取り決めまで、市農政局と生産者の間でかわされている。
 神戸市では今後とも生鮮農産物の価格安定と市民への安定供給をはかるため、野菜指定産地制度や野菜契約栽培制度を強化することにしているが、市民全体の農業として、市域農業に対する全市民的な理解と認識がさらに深まれば、あすにかける農村の若者たちの表情はもっともっと明るくなることだろう。

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