37号表紙

No.37(昭和50年5月)

特集:

六甲の谷筋

特集・六甲山の谷筋

大月地獄谷

谷はバラエティに富んでいる。水あり、滝あリ、動植物があリ…で小鳥のさえずリがひときわ高く耳に入ってくる。さわがしい都心からさほど離れていない六甲で、こんなに静寂で、うるおいに満ちた谷筋にめぐリ会えるのがウソのようである。しかし往々にして谷筋は、予想以上にきびしいキバをむいていることが多い。谷へ入れば慎重に行動をすることが必要だ。

巻き道を通らず、慎重に滝を直登(地蔵谷)

清流のさざめき(地蔵谷)

沢歩きの気分を満喫しながら弁当をひらく(住吉谷)

緑のトンネルを行く(地蔵谷)

地蔵谷堰堤のヤマザクラ

西滝ガ谷の河原

水辺に咲くフキノトウ

静かで涼しい"沢歩き"のだいご味

 一雨ごとに山の緑が美しさを増し、六甲の谷筋を流れるせせらぎが心地よさを増してくると、山の谷間が恋しくなってくる。谷は静かだし、うるおいがある。そのうえ清流を飛び石伝いに渡ったり、時には滝の岩場を登ってみたりするスリルもある。ただしこのスリルは、川を渡る時に足をすべらせてもクツやスボンのすそをぬらす程度ですむが、初心者が不用意に岩場にとりつくと取り返しのつかないことになりがちだ。

 現に表六甲の大月地獄谷と西山谷だけで全六甲の遭難事故のほとんどを受け持っているといわれるほどで、こんな谷にピクニック気分で大るのは禁物。山歩きに多少なれた人でも危険な岩場を登ることは避け、別についている"巻き道"をたどるべきである。特に他人を意識した強がりや、いい格好は厳に慎しむべきで。巻き道を歩いたからといって谷の興趣がそがれるわけではない。  そして同じ六甲の谷筋でも、表六甲と裏六甲では趣はがらりと違う。表六甲の谷は総じて明るく行動的で、近代アルピニズ厶発祥の地といわれる六甲山にふさわしい。交通の便にもよるが、登山姿のりりしい若者が多いのも表六甲。一方、裏六甲の谷はこんもりとした樹林やコケむした岩石がかもす幽すいさが特徴で、山深い渓谷の感じが身にせまる。表が"若人の谷"なら、裏はさしずめ"瞑(めい)想の谷"とでもいえようか。  なお、谷の本流の水は一見美しく見えても飲むことはできず、場所によっては飯ごう炊さんにも使えない。小さな支流でおいしい水に出くわすことがあるが、水筒には水を十分用意することが必要。また谷筋のよさを満喫するためにも、時間的な余裕をたっぷりみておくこと、これが事故防止にも大きくひびいてくる。  以下は六甲の代表的な谷筋のいくつかについて、登山歴の古い地元の大西雄一、岡博三、多田繁次のみなさんにその特徴などを聞いてみた。

明るく、おおらか

〔地蔵谷〕
摩耶山の西尾根、天狗道と黒岩屋根の間にある実に明るくおおらかな谷で、岩床の上を流れる清流の明るさは沢歩きの醍醐味を感じさせてくれる。春はツバキやヤマザクラが美しい。
 要注意は、谷の大口の地蔵谷堰堤(えんてい)からー五分ぐらいで落差約一〇メートルの滝にぶつかる。滝の手前から左手に巻き道があるのでこれを越えるとよいわけだが、滝の直登は岩が道層になりているのと案外モロいので、相当な経験者でないと危険。滝を越すと急に明るく川幅が広くなって、やがて谷の両側にはっきりした踏跡が続くようになる。(新神戸駅ー市ガ原ー地蔵谷堰堤ー摩耶山頂五・五キロ。健脚向き)

  • 静寂境を行く(地獄谷)
  • 川に咲くネコヤナギ
  • 青空の中に突き出た黒い岩山が目の前に迫る(地獄谷)

春雨にけむる眼下の谷筋から、せせらぎの音がここちよく聞える(住吉谷)

〔住吉谷〕
六甲で最大の流域をもつ住吉川をさかのぼり、六甲の最高峰に至る道が住吉道で、山を越えて有馬へ行く昔の商人や湯治客はこの道を往来した。道標もわかりやすく、川のそばには林道もあるので、ハイカーは多い。飛び石伝いに渓流をつめるのもいいし、山の中復を巻く太陽と緑の道から、深く切れ込んだ谷筋を見おろしながら歩くのも壮快だ。
(白鶴美術館ー本庄橋五・二キロ。一般向き)

落石に注意しながら2Oメートル直登(水晶谷)

〔西滝ガ谷・水晶谷〕
住吉川の五助堰堤から二〇分ほどの上流に出合(住吉川に西滝が谷が合流している地点)がある。
 西滝ガ谷に折れ、流れを右に左に進むうちにだんだん谷が深くなり、静かな遡行(そこう)気分が高まってくる。しばらくすると西滝ガ谷から水晶谷になる。この谷の見ものは大滝だ。高さが二〇メートル近くもあり壮観で、この滝の下が最も休憩に適している。
 滝は階段状でかなり足場はしっかりしているが、一般のハイカーは滝の手前から高巻きする。このあたりまで来て振り返えると、芦屋方面から大阪湾の展望が眼下に広がって見える。(白鶴美術館ー出合ー極楽茶屋六・五キロ。健脚向き)

谷をつめる充実感

〔地獄谷〕
神戸電鉄大池駅から西側の舗装道路に大り、新しい住宅街を抜けると約二五分で地獄谷、石楠花(しゃくなげ)谷の分岐に着く。地獄谷は左へ、石楠花谷は右へ。
 東尾根と西尾根にはさまれたこの谷は、最近は人が多く入るようになったというもののまだ静かな沢歩きが楽しめる。谷相が変わっていて、水が走るように流れる川床の岩を見ているだけでも興味がわく。谷のほぼ中央で両尾根がぐっとせまり、谷をつめて登る充実感が疲れを忘れさせてくれる。やがて正面に、黒く荒れた岩山が天に向かって突き出てくる。(神鉄大池駅ー丁字が辻五キロ。健脚向き)

石の間をぬって(石楠花谷)

〔石楠花谷〕
地獄谷とともにあまり知られていないせいか静かすぎて、表六甲の開放的な谷などにくらべると地味な感じさえする。白くてつやのある転石が多い。
 谷を登りはじめて聞もなく二段になった小さな滝がある。さらに少し上にも四メートルほどの滝があるが、どちらも通りにくいので左右の巻き道を行った方が無難。二つの滝を越すとゆったりとした明るい谷になる。そして三〇分ほどで、ダイヤモンドポイントと山上ドライブウェーに出る分岐点に着く。(神鉄大池駅ードライブウェー四・五キロ。健脚向き)

〔白石谷〕
"有馬四十八滝"と呼ばれるほど六甲最高峰から有馬にかけての白石谷、紅葉(もみじ)谷一帯には滝が多い。しかし本谷以外に小さな谷筋が大り組んでいて、踏跡のはっきりしない所が多いのでコースに自信のある人でないと迷い込みやすい。古くは谷の字を「谷(きわ)まる」と読んだそうだが、とりわけこの一帯の薄暗い闊(かつ)葉樹林とコケむした岩の谷をつめ登って行くと、深山におしつまっていく感じがひとしおである。
 下流から屏風、白石、白竜、大安相(だいあんしょう)、小安相滝と続き、屏風滝の奥の左右の谷には有名な似位(にい)滝と百間滝がある。(有馬ー射場山堰堤ー六甲最高峰六キロ。熟道者向き)

岩質を見ながらじっくりルートを検討(白石谷)

ひんやりとした滝を越えて(白石谷)

事故につながる油断

〔西山谷〕
お隣の大月地獄谷とともに表六甲の沢歩きでは代表的なものだが、同時に遭難事故も多い。ただ全体の感じとしては、大月地獄谷のように肩をいからして冷く登山者に立ちはだかるような岩場は少ない。谷全体が明るく開放的で、全部でー四ある滝もどちらかといえば女性的だ。それでかえって油断が生じ、事故を起こすケースが多い。
 滝のなかではF7(下流から上流に向かって七番目の滝)が扇状に広がり、二〇メートル近くを大音響とともに落下する落差と幅は圧巻である。左岸に巻き道があるが、滝の頭の付近は要注意。また最後のF14は小さな滝だが、滝の右にある大岩は手がかり、足がかりが小さいので苦労する。(白鶴美術館ー寒天橋−天狗橋四キロ。熟達者向き)

くだけ散る水の向こうにひかえている垂直の壁(西山谷)

風化してもろくなった急斜面をはうように流れる滝(西山谷)

男性的な渓谷美

〔大月地獄谷〕
登山のベテランは六甲随一の渓谷美としてこの谷を推す人が多い。お隣の西山谷にくらべると滝の数こそ少ないが、それぞれが男性的で荒々しく、時には陰惨で、地獄谷の名にふさわしく不気味である。それだけに危険度は大きい。
 この谷の圧巻として有名なF1(この滝の手前にも高さ七メートルの危険な滝がある)は、高さ一五メートルのー枚岩が登山者を突きはなすように立ちはだかっている。しかもこれのすぐ上にあるF2(高さー〇メートル)を登るにはさらに高度の技術が要求される。登る自信がなければF1の下から滝を高巻きしていったん屋根に出、F3を過ぎたあたりでまた谷へ下る道があるが、これも落石に要注意で、木の根っこを持つ手に思わず力がはいる。この谷から屋根道に出られるのはこの巻き道しかない。谷の源流までには合計ー〇の滝があり、途中で引き返そうと思っても滝は登るより下りの方がよほどむずかしい。いずれにしろ、この谷のスリルを楽しむには普通の登山とはまた別な、岩登り技術の経験なり訓練が必要である。(白鶴美術館ー西山谷出合いー凌雲荘六キロ。熟達者向き)

  • 一歩誤ればとりかえしがつかない岩登り(大月地獄谷)
  • 初心者を寄せつけない滝「F1」の巨岩(大月地獄谷)
  • 冒険好きな若者をひきつけるけわしい谷筋。事故者があとを絶たない(大月地獄谷)
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