12号表紙

No.12(昭和47年10月)

特集:

太陽と緑の道

太陽と緑の道を行く 道ばたに立つ火の見やぐら(奈良井部落)

自然と歴史をたずねて

太陽と緑の道のシンボルマーク

 「太陽と緑の道」のよさは、"百聞は一見にしかず"で、やはり実際に歩いてみないと本当のよさはよくわからないでしょう。ここがまだ神戸市内だと、そのふところのソフトな深さを知るだけでも、なんとなく心のひろがり、夢のふくらみを感じます。
 秋はいまたけなわ―。そこで、全長92キロ(14区間)のルートの選定にあたった建設推進委員会のベテラン委員のみなさんらの話を聞きながら、写真を中心に"自然と歴史の道"へご案内することにしてみましょう。
コースマップ A
マップ
写真

石峯寺(しゃくぶじ)

 本堂東にある二重の塔は大日如来をまつり、昭和二九年に改体修理して朱塗りにしたので、緑の樹木を背景にひときわ美しい。室町時代の作で、この時代のもので国宝または重要文化財の指定を受けている三重の塔では、最も大きいものの一つ。塔の南側にある中堂(薬師堂)も三重の塔とともに大正四年、重文に指定されている。白雉二年(六五一年)法道仙人開基と伝えている。

  • 写真のどかな山村(上大沢)
コースマップ B
マップ
写真

無動寺

 山号は若王山(にゃくおうざん)。寺の開基は明らかでないが、本堂に重要文化財の仏像が五体もある。本尊の大日如来(高さ二・七八メートル)を中心に、左に釈迦如来(一・二メートル)右に阿弥陀如来(一・一九メートル)の三体。いずれも座像で、平安朝初期のおもかげをのこしているが、別の不動明王座像(一・五メートル)十一面観音像(一・五メートル)とともに藤原時代の作といわれる。
 また寺の境内、本堂西に若王神社の本殿がある。小さい社殿だが、永仁五年(一二九七年)および応永十五年(一四○八年)の陳札があり、当時の建造技法を研究する貴重な資料で大正三年に重要文化財指定。

  • 写真六條八幡の三重の塔
  • 写真のんびりと荷物を背に…(原野地区)
  • 写真静かにねむる中山大杣(おおそま)池
コースマップ C
マップ

 バスについては便数の少ない路線もありますのであらかじめ電話でおたしかめ下さい。
神姫バス神戸営業所:231ー5561
山陽バス垂水営業所:782ー2043
市バス:331ー3483
 なお、コースなど詳細にこついては神戸市観光課(331ー8181)まで。

木津の磨崖仏(まがいぶつ)

 今年春、かんがい用に改修された木津川池ぞいのすぐ北手に高さ約五・五メートルのガケになったレキ岩が長さ一○○メートルにわたって露出している。その上部に夕テ約五○センチ。ヨコ二二○センチの長方形に彫りくぼめ、そのなかに、中央に阿弥陀如来座像と、左右に計六体の地蔵菩薩の立像を浮き彫りにしている。「石大工、兵衛、文正二年(一四六七年)」の銘があり、室町末期の完成がわかる。
 この岩の上は東播方面から鵯越をへて兵庫へ、また兵庫から木への重要な交通路であったので、往来安全を祈って彫ったものだろう。

転法輪寺(てんぽうりんじ)

 境内に松が多く、また本堂の背山は竜華山といい、京都の東山に似て美しい。竜華山は同寺の山号でもある。
 寺記によると、平城天皇が即位ののち、病気にかかられたので在原平行が全快を祈願して寺を建て、阿弥陀如来像を作って安置し大同三年(八〇八年)、西尊上人が開眼供養をしたと伝えている。本尊の如来像は一材から切り出した木造りのもので像高一・六メートル、藤原時代初期の優秀作。重要文化財の指定になっている。

太山寺

 「播磨太山寺縁起」によると天智天皇の時代、藤原鎌足の発願で孫の宇合(ウマカイ)が造営したと伝え、元正天皇は本堂を勅願所とされ、また後白河、後宇多、崇光の三天皇も御幸されたといわれる由緒ある古寺。国宝の本堂は昭和三十九年に改築された鎌倉時代の代表的建築物で、そのほか、現存の建築、絵画、彫刻や古文書、典籍、工芸品など多数が重要文化財になっていることは県下随一。
 境内は広く、本堂とともに同じ朱塗りの三重の塔がまわりの縁と調和して美観を誇っている。太山寺をつつむ縁の山は約四〇〇ヘクタールにおよぶ原生林で、四季それぞれの色の変化があざやかだ。

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