8号表紙

No.8(昭和47年2月)

特集:

なつかしの市電

なつかしの市電 最後のさよなら市電で別れを惜しむ市民

"第二の人生"で活躍

 「さよなら市電!」ーこうつぶやいたのが、まだこの間のように思えるのにあのスマートで、神戸の町を象徴する明るいグリーンの市電が姿を消してはや一年を迎えます。半世紀にわたり、市街地の発展とともに"市民の足"として活躍した市電は、自動車ラッシュによるスピードダウン、人口のドーナツ化などによる乗客数の減少…といった時代の流れに抗し切れず、たとえば、昭和四十四年度の市内交通機関の利用者の比率は私鉄三一・五、国鉄二二・四、市バスー九・七、夕クシー一九・四%にくらべ市電はわずか七・〇%で、同年度末の累積赤字が六十九億円に達しつきない名残りを惜しみながら、とうとう昨年三月、全部の市電が神戸の街から消えたわけです。
 四十一年からはじまった撤退作戦で廃車のうき目にあった市電はつぎつぎと第二の人生へ転身したわけですが、遠く広島へ売られ、あのなつかしい色そのままで広島市民に親しまれている仲間もあれば、"魚のアパート"づくりのため海に沈められた市電、そのほか児童遊園地、教会、老人ホーム、学校の体育部の更衣室…など、思いがけない所でがんばっている仲間もいます。しかし一方では、心ない人にガラスを割られたり、いたずらされたりで現在は荒れ放題のまま、野ざらし状態の気の毒な仲間も少なくありません。
 最近よく「市電はやはり残しておいた方がよかったのではないか」という声を聞きます。その気持はよくわかるのですが、では現実にお客がへって赤字がふえているのをどうしましょう。交通の混雑で思うように市電が走れないのはどうしましょう、と聞けば答えはなかなか返ってきません。同じように、市電がほしくて最初は末長く可愛いがるつもりでいても、あとの管理がどんなに大変かはやってみないとわからない。それでつい投げ出してしまうのとよく似ているのではないでしょうか。
 そこでありし日の市電を浮べながら、主としてさよなら後の第二の人生ぶりを追い、また将来の都市交通のあリ方について考えてみました。

広島のグリーンカー

 国鉄広島駅を降りたとたん、駅前を走っているなつかしいグリーンの市電を見て、奇妙な錯覚にとらわれました。広島の市電は広島電鉄という民間会社の経営ですが、全部で七十九車両あるうち、現在は神戸から買われていった二十一両がそのままの色・車体で広島駅前ー宇品間、江波ー横川間の二系統を走っています。近付いて見ると、ボデーの広告や行き先の表示はもちろん違いますが、他はそっくり同じで、なつかしいというより、ふと一年前の神戸に立っているような気分になります。
 広島には神戸の市電のほか、赤茶色の大阪の市電、それに以前からの何種類かの市電がそれぞれの色、車体で走っているので、ちょっと見ただけでも五〜六種類ぐらいの色が入りまじっています。それだけに比較的容易で、身びいきかも知れませんが、戦災復興した広島の新しい市街地にはやはり明るくてスマートな神戸の市電が光っているように思いま した。乗客の人たちも「車体がやわらかい感じだけでなく、窓が大きいので車内がとても明るいです」と話していました。
 なお、広島では昨年十二月一日から自動車の軌道内通行を警察が全面禁止したため、ラッシュ時のスピードも落さなくてすむそうです。

資料室公開

 長田区北町の交通局車両工場の一角に市電資料室が完成、この初公開が一月二十二日午前十時から午後四時まで行なわれました。
 この資料室には、実物のロマンスカーや運転台から、乗車券、乗務員の制服など、いろんな市電の資料が保存されており、交通局では見学希望者を往復ハガキで募り、毎月一回公開しようという計画。公開日には八ミリ映画、「さよなら神戸市電」も上映します。

マニア

 葺合中学校の鈴木城教諭(三一)は子どものころからの市電マニアです。それも他都市や外国の市電には興味がなく、神戸のローカル色にとけ込んだ定着感ーそんな市電に無性にひかれたそうです。中学から高校時代、大学は金沢美術工芸大なので四年のブランクがあったが、三十八年に卒業してすぐ葺合中に勤務してから、時にはマニアを通り越して"気違い"といわれたほど写真や資料を集め、絵を書いてきました。
 自分で撮影したり、人にもらったりして、いま手元に保存している写真は市電の台数にして約五百八十。しかも、一台の市電で多いのは二十枚もあリ"市電一代記"のストーリーになります。たとえば「817型」は新車でデビューした時、満員時代、事故直後、車庫での洗車、そして最後は廃棄の紙を張られ、台車をはずされて駒ケ林の土手に並べられた写真などがそろっており、昭和八年の誕生から四十四年にその生涯を閉じるまでの記録になっています。

魚のアパート

"魚のアパート"づくりのため43年に15台、44年に26台、45年は16台の計57台が須磨海岸の1000メートルから1500メートル沖合に沈められました。この一帯に多いスズキ、チヌ、アコウなどの魚は鉄分を好む習性があるため、市電がまたとない魚礁用にされたわけで須磨の総合的な漁場づくりに一役買っています。

  • 写真胸にしみるさみしそうな風情(兵庫区山田町小部、大野社球場)
  • 写真みんなの遊び場、心ない人のいたずらが悲しい…(須磨の宮幼稚園)
  • 写真魚のアパート

**人間がとりもどす路面**

 神戸の街は大きくふくれ上がっています。都心部には高層ビルが建ち並び、西神、北神地区にはどんどん新しい住宅地が建設され、それにつれて都市交通も、従来のようなせまい市街地域内での乗客輸送からより大量に、より速く、より長い距離の輸送が要求されてきました。
 そこで、従来の路面電車にかわる新しい都市の交通機関として計画されたのが市営高速鉄道で、さらに高速鉄道だけではキメこまかい乗客サービスまでは行きとどかないため機動力のあるバスを毛細管的に走らせ、市民の輸送機関を確立しようというわけです。
 将来の都市交通を考えると、鉄道と自動車を主とした陸上交通の現状のままでは、たとえば自動車の増加による都心部の交通マヒ、騒音や排気ガスによる都市公害、交通事故の増大などによって、いつかは行きづまることが予想されます。
 これらを解決するための交通機関がわが国はもちろん世界各国でいろいろ研究されており、近い将来には、行きづまった都市交通を根本的に打開する新しい乗物が実現し、無公害で交通事故のない、それこそ人間のための路面として、安心して歩けるようになる日もほど遠くないことでしょう。

写真

将来の都市交通システム(想像図)

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